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「だから、バカだって言ったのよ」
  サイドボードの洗面器から濡らしたタオルを取り出してしぼりながら、唯美
が文句を撒き散らす。
  ベッドにはまた封隼が横になっていた。
  封隼の顔色が悪いのを心配したリリィと唯美がほぼひきずるようにしてリョ
ウに診せ、結果、かなり衰弱していると診断されたのである。
  ここは病室ではなく、第8寮のいちばん端にある封隼の部屋。なぜ病室を使
わないのかというと、アテネが入っているからだ。
  部屋の主の性格を反映してか、この部屋は全然飾り気がなく寒々しい。
「超能力は体力を消耗するんだから。4人も連れて長距離移動なんかしたら、
倒れるに決まってるでしょ?!  しかも、やっと歩けるようになったばっかの体
で!」
  水気をしぼったタオルをびたんと、勢いよく封隼の額に押し付ける。
「今日1日は絶対安静って、リョウが言ってたわよ」
「ごめん。唯美……姉さん」
  封隼がかけ布団にもぐりこむようにする。
「っていうか、倒れるほどしんどいんならちゃんと言ってよ。口があるでしょ?
  助けたかったって気持ちはほめてあげるけどさ」
「唯美……そろそろその辺りで」
  昼ご飯のスープを下げにきて、聞くともなしに姉弟の(一方的な)会話を聞
いていた絵麻だったが、さすがに口を出した。
「封隼がいなかったら、アテネちゃん助けられなかったよ?」
「でも……アタシはアンタに危ないことしてほしくないし」
  唯美がぽつりと言う。
  そのあとで、唯美はあわてたように言葉を続けた。
「それに、これでまた倒れられると絵麻だって迷惑でしょ?  いちいち病人食
別に作らなきゃダメなんだから!」
「……迷惑だった?」
  そう聞いてくる封隼に、絵麻は手を振って。
「気にしないで。今はアテネちゃんのぶんも作ってるんだから」
「絵麻は甘いわよ。リリィだって甘い。こいつにつきっきりで看ててくれるん
だから。今日は仕事しに行ったけどさ」
「唯美だってヒマがあるたびにこうやってみにきてるじゃない。これないとき
は誰かに頼んだりしてるし」
「絵麻!!」
  顔を赤くして唯美が怒鳴る。
「何怒ってるの?」
  怒鳴り声が外まで聞こえていたよと、翔が戸口から顔をのぞかせる。
「翔」
  相手が大量に本を抱えているのをみて、絵麻が言った。
「今度は何を調べるの?」
  彼が本と格闘している姿は珍しくも何ともない。
「うん……ちょっとね」
  翔は曖昧に言ってから、唯美に聞いた。
「そうだ。これずっと気になってたんだけど、『瞬間移動に向かない』って結
局何だったの?」
「ああ……」
  唯美は頷いて。
「超能力が4つあるのは知ってる?」
「うん。瞬間移動、念動力、精神感応、透視の4つでしょ?」
  翔が指折り数えて言う。
「隼の家の子には、それぞれ得意な分野があるの。1つだけはすごく得意でど
んどん使いこなせるんだけど、後の3つは得意な1つを伸ばすにつれて逆に使
えなくなっていくの。使うのにものすごく体力がいる」
「それ、初めてきいた。他に何があるの?  唯美は何が得意なの?」
  好奇心で目を輝かせる翔に、唯美は苦笑いしながら。
「アタシは瞬間移動が得意。死んだ母様もそうだったから、家系なんだと思う。
  でもね、封隼が得意なのは念動力」
「そうなの?」
  絵麻が聞くと、封隼は頷いた。
「おれは戦場でたくさん殺せる能力が欲しかったんだ。瞬間移動の方が簡単に
使えたんだけど、時間をかけて念動力が得意手になるように訓練した」
「訓練次第で変えられるわけ?」
「うん。けど、完全に得意手を変えられるかわりに、一度捨てた能力の方はほ
とんどダメになるわよ」
「それじゃ……」
  絵麻は一度、封隼に瞬間移動をかけてもらったことがある。
  唯美の時に比べると、彼の瞬間移動は乱雑で不安定な感じがした。
「これでわかった?  封隼は瞬間移動には向かないの。短い距離なら何とかで
きるみたいだけど、人数連れて中央西部から西部までなんて無茶苦茶よ」
「でも……唯美だって僕からみたら凄い念動力を使えるじゃない。あれは?」
「そのこと?  アタシも訓練したのよ。少しだけど」
  諜報員やるんなら何でも使えたほうが有利でしょ、と彼女が笑う。
「じゃあ、なんで瞬間移動が凄いの?  使えなくなるんじゃないの?」
「アタシは少ししか訓練してないし……それに、ズルしてるから」
「え?」
「移動距離が短ければ何の負担もないんだもん。だから、パワーストーンの
『空間』の能力で飛び越えたい空間同士を一時的につなぎあわせて、そこを飛
んでるの。それなら飛んでる距離は1メートルくらいなんだからさ」
「なるほどー」
  翔はいつの間にか持っていた書類にメモを取っている。
「そういえば、アテネってどうしてるの?」
「シエルと一緒にいるよ」
  絵麻は言って、立ち上がった。
「あっちも食器、さげてこなきゃ」
「じゃ、僕も一緒に下まで行こうかな」
  翔も立ち上がる。
  唯美はこのまま封隼を看病しているというので、2人は連れ立って封隼の部
屋から出て、階段を降りた。
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