「確か、水を飲ませて吐かせるんだよね……」 通信を切って絵麻がすぐにしたことは、アテネを椅子から降ろして横にする ことだった。 翔たちがここにいつ着くかわからない。できるだけのことをしなければ、ア テネは死んでしまうかもしれない。 つかまったシエルのことも、行方がわからなくなってしまった唯美と哉人の ことも気にかかって、不安で不安で狂いそうだったのだが、絵麻は必死にそれ を飲み込んで自分のやるべきことをやろうとした。 (強く、いなくちゃ……) 心で唱えながら、手はぎゅっとペンダントを握りしめる。 アテネの方は完全に薬が回ってしまったらしい。うわごとを言わなくなった かわりに、もう何の反応も示さない。 椅子からさほど離れていないところに、からっぽの水差しが転がっていた。 「これに水が入ってればいいんだけど」 この部屋には蛇口がない。 「水。水があるところ……」 考えて、絵麻はこの部屋の下がサンルームだった事を思い出した。 植物が多くある部屋なら、きっとその植物にやるための水を取る蛇口がある。 「アテネちゃん、ちょっと待っててね」 絵麻は水差しをつかんで階段に通じるドアに走り、下のサンルームに降りた。 幸い蛇口はすぐにみつかり、絵麻は水差しを満たすと部屋に取って返す。 その時、部屋の中にちらちらと光がさした。 「?」 遠くの車のヘッドライトが瞬いているような感じだ。 と、次の瞬間、光は膨張していっきに部屋の中を満たした。 思わず水差しで目を覆う。 光がおさまったその後には、第8寮に残っていた『NONET』のメンバー が全員そろっていた。 「絵麻!」 絵麻の姿をみつけ、翔が駆け寄ってくる。 「翔……みんな!!」 「大丈夫? ケガしてない?」 「わたしは全然平気……」 翔の顔を見た瞬間、張り詰めていたものがぷつりと切れた。 「みんなを助けて。シエルつかまっちゃったし、唯美も哉人もどっかにいなく なっちゃったし、アテネちゃんも……」 泣き声になりかける喉を必死で押さえる。 「大丈夫。唯美と哉人はそう簡単につかまるようなタイプじゃないし、シエル だって今から僕らで助けに行くから」 水差しを受け取って、翔が崩れそうになる絵麻の体をもう片方の手で支える。 その手の暖かさが心地いい。 「この子がアテネ?」 いつの間にか、リョウがアテネの横に膝をついていた。 「うん」 「薬、何を飲んだかわかる?」 「多分、そのへんに散らばってるラムネみたいな奴だと思う」 「これ?」 リョウは手近に転がっていた錠剤の1つを拾った。 明かりに透かして、いぶかしそうに眉を寄せる。 「どうだ?」 「これ、自白剤よ。それも相当強い奴……一体何錠飲んだのかしら」 「わかんない」 「部屋の状態からして、無理やりに飲まされたって感じだけど」 改めて冷静な心で部屋を見れば、絨毯には水がこぼれた跡の他に、ひっかい たような跡や暴れて踏み固められたような跡もあった。 「とにかく吐かせなきゃ。翔、その水かして」 リョウが翔から水差しを受け取って、手当をはじめる。 「信也、そのパンあんたの能力で焼いちゃってくれる?」 「え?」 まさか夜食? と聞いた幼なじみを、リョウは鋭い目で見た。 「焼いたパンは応急の解毒剤になるの。正確には焦げたパン。上手く焼いてね」 「炭にしちまっても知らないぞ……」 信也は躊躇ったようだったが、それでも能力――炎を発動させた。 「ねえ、どうやってここに来たの?」 「ああ……封隼に瞬間移動かけてもらったんだ」