「あのな……」 哉人が苦々しさを全面に出して答える。 「これのどこがキレイだっていうんだ?」 「綺麗だよ! だって、あの空の『青い球体』がそのまま降りてきたみたい」 アテナイはにこにこ笑っている。 「星が落ちてくるとでもいうのか?」 「そうなったら素敵じゃない? コンペイトウみたいなカケラがいーっぱい降っ てくるの。とっても綺麗で素敵だと思うな」 そういう口ぶりは幼く、面差しには遠慮も邪気もまるでない。 「……」 「あなたの目も綺麗。図鑑で見た茶水晶みたい」 アテナイの興味は、今度は絵麻にむかったようだった。 「ありがとう」 「名前、なんて言うの?」 「え……」 「教えるなよ」 哉人がクギをさす。 「え? 何で?」 「どこからどうみてもここの貴族の娘だろうが! 敵に情報与えるバカがどこ にいるんだよ」 哉人の言うことは正論である。 「えーっと……」 「名前、教えてくれない?」 アテナイの青い瞳が悲しげに揺れる。 置き去りにされた子猫のような目。 「絵麻だよ」 「絵麻ちゃん」 「おい!」 哉人が絵麻の腕をつかんだが、絵麻はその手をゆっくりと解いた。 「名前くらいいいじゃない。絵麻って珍しい名前じゃないでしょ? 助けても らったんだから」 「それは……」 「ねえねえ、お兄ちゃんの名前は?」 絵麻の名前の件はあきらめたらしい哉人だったが、自分の名前を名乗るのは 断固反対のようで、アテナイに怖い目を向けた。 「人に聞く前に、まず自分が名乗ったらどうだ?」 「ちょっと待って」 アテナイは優雅な細工の机に歩み寄り、中からメモ帳を取り出した。 「えっとね。 『アテナイ・アンジェリカ・アンジェリーク・イライザ・フォアシュテレン・ リール・ルル・マリル・トライフル・エリザベート・フィリッパ・ランダン ロール・ブレイジング・ファイア・ノウブルマン=ウェイクフィールド』 っていうの」 長々しい名前の朗読を終えると、アテナイははあっと息をついた。 「名前……長いのね」 貴族ってこういうものなのだろうか? 「自分の名前だろ? 覚えておけよ」 「だって、これ本当の名前じゃないもの」 意地悪く言う哉人に、アテナイは頬をふくらませて。 「本当の名前じゃない?」 「本当は『アテネ』っていうんだ」 「アテネ?」 「短くて可愛いでしょ? でも、アテナイっていうのがアテネの貴族の正式な 名前? だから、お前は『アテナイ』だってお義母さまに言われて」 「あなたは、ここのお嬢さんじゃないの?」 疑問を覚えて、絵麻は聞いてみた。 貴族の娘なら金髪青眼のはずだ。 しかし、この子はそうではない。シエルのようなプラチナブロンドのくせっ 毛と、青い瞳をしている。 アテナイはあっさり首を縦に振った。 「うん。わたし、養女なの」 「養女?」 「10歳の時に、ここのお義父さまお義母さまにもらわれたの。元々はお兄ちゃ んと孤児院にいたんだ」 「北部人ってことか?」 「そうだよ。アテネの本当のママとパパはアテネが生まれてすぐに死んじゃっ たからよくわからないんだけどね」 アテナイの目が、また捨てられた小動物のような、悲しい色を帯びる。 (ひょっとして……) ふっと、絵麻はディーンを思い出した。 貴族は自分達の容姿に近い北部人の子供を好んで側に置きたがるのだという。 この子はとても可愛らしい女の子だ。 そして、さっき声だけきいた貴族はとても融通のきかない人に思えた。地方 の屋敷にこれだけの警備配置をしているのだから、相当用心深く、うたぐり深 い性格の人物と考えていいだろう。 「アテナイ……さん。あなた、もしかして」 「アテネでいいよ」 アテナイ――アテネはビーズが縫い付けられた豪華なカバーのかかったソファ を2人にすすめると、自分は机の側から華奢な細工の椅子をひっぱってきた。 「あのね、アテネここに来てから、ずーっと同じくらいの年の子とおしゃべり したことなかったの。だから、いっぱい聞いて?」 目をきらきらさせているのを見て、絵麻は思わず哉人と顔を見合わせた。 絵麻と同じことを哉人も聞こうとしていたのだろう。どこか当惑したような 目をしている。 「じゃ、アテネちゃん。あなたは、どうしてここにいるの? 孤児院のシスタ ーたちは?」 「……孤児院、お金がなかったの」 アテネが目を伏せる。