虹色の光が絵麻の全身を包み、ポケットに集中して弾ける。
ぱぁん!
乾いた音は武装兵の携帯していた銃ではなく、絵麻のラピスラズリが暴発し
た音だった。
消化器の中身をばらまいたかのような白っぽい煙がその場に立ちこめ、場の
全ての人の視界をつかのま奪う。
「これは何だ?」
「目が……」
混乱に乗じて、絵麻は自分の髪をつかんでいた武装兵の手を振り払った。
同時に、哉人が動く。
「猛水柱!」
平行に構えたヨーヨーのフェイス部分から、水がほとばしる。
それは正確に武装兵たちの目を潰していた。
「ぎゃあっ!」
「哉人?」
「逃げるぞ」
絵麻がみつけた哉人の姿は、うっすらと水色の光に包まれていた。
同調している『マスター』の証。
「今の、哉人が?」
「さっさと逃げろ!」
目を押さえている武装兵たちのわきをすりぬけるようにして、哉人が絵麻の
肩をおしやる。
「え?」
「ぼくは同調率が低いから、シエルや翔みたいに簡単に殺せないんだ」
彼のいった通り、武装兵たちは次第に立ち直る気配を見せ始めている。
追いつかれるまでにリターンボールを起動させ、逃げなければ。
2人は走ったのだが、すぐに庭を分断するかのように建っている壁に阻まれ
てしまった。
「え、なんで壁が?」
「チッ」
哉人がワイヤーを放つ。
幸い、その壁の柵には高圧電流が流されていないようで、ワイヤーはヒュン
と空をきって絡まった。
「よし」
哉人が手早く登り、絵麻を引き上げる。
2人が降りた先は、さきほどとはうってかわった華やかな庭園だった。
もう冬も間近だというのに、オレンジやピンクの花がところせましと咲き誇っ
ている。
花壇に使われている煉瓦も洒落た作りになっていて、庭園の持ち主が手塩に
かけているのだろうということが薄暗い中でもよくわかった。
1階部分はサンルームになっていて、2階には古典小説に出て来そうな豪華
なベランダがついていた。
「アテナイ様の庭の中に逃げたぞ!」
「蒼い目のガキと女だ! どこかの貴族が雇ったスパイじゃないか?」
「はしご、早くこい! こっちだ!!」
壁の向こうからはまだ怒号がする。
「ど……どうするの?」
絵麻は震える声で言った。
このままここにいたらはしごがかけられて、庭園の中に入ってこられてしま
う。
庭園はちょうど正方形の形に、屋敷と3枚の壁に分断されていた。
「向こう側の壁を乗り越えても1周するだけか。だったらいちかばちかで……」
その時だった。
「ねえ、こっち!」
屋敷の方から、押し殺した、けれど鋭い声がした。
「?」
2階のベランダから、女の子が顔を半分のぞかせている。
「逃げてるんでしょ? だったらこっちに来て!」
まだ幼さのぬけない声をした、青い目の女の子だった。
ここの屋敷の、貴族の子供だろうか。
「サンルームの鍵、今日は閉めてないの。だからそこから入って2階に上がっ
て来て!!」
女の子の声が次第に真剣さを帯びる。
「早く早く! 捕まっちゃうよ!!」
その真剣さが、絵麻に女の子を信じてもいいことを確信させた。
屋敷の方に行こうとする絵麻を哉人が引き止める。
「待て! 罠じゃないのか?」
「でも、あの子わたし達を助けようとしてくれてる! それに、ここにいたら
捕まっちゃうんだよ?!」
その時、がしゃんと壁にはしごが立てかけられる音がした。
「……チッ」
今日何度目かの舌打ちをすると、哉人はサンルームの入り口に手をかける。
女の子の言った通り、そこには鍵がかけられていなかった。
するりと中に入ると、いっぱいに生い茂る植物の中にツタのからんだ螺旋階
段があった。
それを登ると、女の子がドアを開けて待っていた。
「ありがと……」
いいかけた礼の言葉に、女の子は唇の前に指をたてて「静かに」と合図する
と、緊張したような顔できょろきょろと周囲を見渡した。
そこは豪華な内装の部屋だった。
壁紙も家具も質素な第8寮の物とは比べものにならないほど高級で、フット
ライトなどの調度品も充実していた。
目の前の女の子の服装も、一目で高級品だとわかるワンピース。窓から入る
星明かりに浮かぶ髪の色はプラチナブロンドで、くるくるとうずまいていた。
瞳の色は青だが、哉人や他の貴族のような宝石の蒼ではない。
小柄で、全体的にあどけなく幼い雰囲気をまとっている。人に守ってあげな
ければという気持ちをおこさせる女の子だ。
その面立ちに、絵麻はどこか見覚えがあった。
(あれ?)
と、外から声がした。
「アテナイ? いるのか?」
「はい! お義父さま」
アテナイと呼ばれた女の子が、おびえた小動物のように返事をする。
「どうやら侵入者がいるらしい。お前、何か見なかったか?」
高圧的な男性の声は、絵麻にこの前孤児院に来たあのひきがえるのような貴
族を思い出させた。
「ううん。アテナイは全然何も見てません。お義父さま」
「使えないな。この北部人の出来損ない娘が」
男性の声は吐き捨てると、何人かの武装兵を呼びつけはじめた。
「今日は部屋から出ないようにといったでしょう?! 出ていないんでしょう
ね?」
こちらはキンキンとヒステリックな女性の声だ。
「ええ。お義母さま」
「今日部屋を出るようなマネをしたら承知しませんからね」
「そうだ。お前に貴族の娘でいられないほどのおしおきをしてやる」
外に出るなよ、と言い残して、声の主の足音は遠くなって行った。
「はあっ」
アテナイがため息をつく。
「よかった。気がつかれなかったみたい」
部屋に入って、とドアから2人を中に通す。
「お義父さまがかなり気がたってたから、ほとぼりが冷めたら早く帰ったほう
がいいよ」
「あの……ありがとう。助けてくれて」
「ううん」
アテナイはにこっと笑って、絵麻を見た。
「ずーっと屋敷の中にいるから、同じくらいの年の人に全然会わないの。それ
が追いかけられてるから、助けてあげなきゃって思って」
「お前の親に仇なす奴でもか。博愛主義者だな」
アテナイは哉人に視線を向け、ぱっと笑顔になった。
「わあっ! あなた、とても綺麗な目をしてるんだね!!」