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「で、今回の『仕事』は?」
  夕食が終わった後の、第8寮のリビング。
  ここは普通に共用の居間として使われる他に、今回のような『仕事』の依頼
が来たときの作戦室としても使用される。
  仕事……すなわち、『NONET』の出番。
  NONET。
  合法組織であるPCが抱える非合法部隊。PCは合理的にガイアの人々をサ
ポートするのだが、それだとどうしても限界が生じる。
  その限界を打破するために、代々の『Mr.PEACE』はあるチームを作
ることにした。
  強い力を持つ『マスター』を集め、自分の手の内に囲む。そして、『マスタ
ー』たちに通常のPCでは対抗できない強化武装兵や亜生命体(モンスター)の排除を依頼す
る。
  『マスター』の力は通常の人間や武器では到底なし得ない強い力だ。乱用さ
れることを防ぐため、非合法として秘密裏に封印されている。
  PCでこの事を知るのは本人たちとMr.PEACE、そして彼の片腕と言
われる側近であり秘書のユーリ=アルビレオだけだ。
  ここで話を元に戻す。
「えっと……潜入捜査だったと思う。詳しい内容はユーリがメールで送るって」
  リビングでは、さっきから哉人がパソコンの前に座ってマウスを操作してい
た。
「これか?  ユーリからメール来てる……今プリントする」
  ほどなくして1枚のプリントアウトが出て来た。
「えっと、『ウェイクフィールド邸への潜入捜査?』」
「『西部ピアニーのフレデリック・N=ウェイクフィールド氏が大量の血星石(ブラッドストーン)
を武装集団側に密輸しているという情報が提供された。至急事の次第を調査し、
的確な処分を執行する権利を委ねる』か」
「名前からすると貴族だな」
「貴族か……」
  シエルが、哉人が露骨に顔をしかめる。
「ねえ、潜入捜査って何?」
  初めて聞く単語に、絵麻はプリントを読んでいた翔に聞いた。
「あ、絵麻は初めてなんだ」
  翔はプリントを隣にいた信也に渡すと、絵麻に向き直った。
「潜入捜査っていうのはね、武装集団とかかわりのある民間団体の中に入り込
んで、その証拠を押さえることだよ」
「ホントはアタシたちの仕事なんだけどね」
  ひょいっと割り込んだのは唯美。
「そうなの?」
「うん。だからアタシ達諜報員がいるんじゃない」
  Mr.PEACEはNONETの他に、優秀な諜報員を何人かPCに雇って
いる。彼らは武装集団側に内通しているとみられる団体(または個人)を調査
し、証拠をおさえ、場合によっては『始末』する。
  余談ながら、唯美は表向きはこの部署の所属である。
「それなのに、どうして『NONET』にこの話が回って来たの?」
「血星石が関わってるから」
  翔が話を引き戻した。
「血星石のことは諜報員の人には伏せられてるから、血星石が関わると諜報員
の仕事でも『NONET』に回ってくるんだ」
「そうなんだ」
「今回の件だけど、信也はどう考えてる?」
  話を振られた信也がプリントから顔を上げる。
「資料からすると普通の地方貴族みたいだし、危険も少ないんじゃないか?」
「危なくないの?」
「戦場に立つことを考えたら危なくないんだよ。いざとなったらリターンボー
ルって手があるし……顔見られるとマズいのがネックだけど」
「ふうん」
「いつものメンバーでいいか?」
「決まってるの?」
「こーゆーのはシエルと哉人と唯美って相場が決まってるんだよ。哉人と唯美
はもともとこっちの路線で生きて来たやつらだし、シエルは金になれば何にで
も首つっこむし」
「……」
「シエル、いいよな?」
「おお」
  少し離れた場所から静観していたシエルが声をあげる。
「オレはいつでもオッケーだぜ。貴族屋敷なら、何か調度品かっぱらってくれ
ばいい金になりそうだし♪」
「それって犯罪じゃないの?」
「侵入することだって犯罪だからいいのいいの」
  シエルが気楽そうにぱたぱたと手を振る。
  お金が一番!  といったシエルの性格が、絵麻には今一つ理解できない。
  シエルは子供のころに戦闘に巻き込まれ、右腕を切断されてしまった。いつ
も左腕だけで苦労しているからこそ、彼は『NONET』の報酬で義手を作り
たいのだという。
  その気持ちはわかる。
  わかるのだが……露骨にお金お金という彼の言動が絵麻はいまいち好きでは
ないのだ。
「哉人は?」
「行くに決まってるだろ」
「じゃ、その2人決定な。唯美はどうする?」
「あ……それなんだけど」
  帽子の中からまとめていた髪をばさりと降ろしながら、唯美。
「今回、パスさせてもらえない?」
「え?」
「珍しい。どうしたの?」
  落とした髪をかきあげながら、唯美は小さく言った。
「封隼が熱だしてるから……そばにいたいんだ」
  言ってから、慌てたように早口でまくしたてる。
「もちろん、嫌だっていってるんじゃないよ。アタシがいたからって熱が早く
ひくとかそーゆーのじゃないのもわかってる。けど……」
「わかった」
  長くなりそうな唯美の口上を、信也が制する。
「唯美は残ってていい。そもそも、コマになるかわりに嫌だったら断るって契
約になってるんだから」
  口では契約のことをいいながら、本当は唯美の気持ちをわかっているのだろ
う。
「そうよ。このさいあんたも休んだ方がいいわ」
  リョウも横から言い添える。
「疲れてるでしょ。ずっとついてたんだから」
  この2人はどこにいても、メンバーのことにちゃんと気を配ってくれる。
  封隼が倒れた時も、信也は睡眠時間を削って彼の病室につめ、唯美と封隼と
を交互にみてくれていた。
「となると2人か……」
  資料を見直していた翔が、頬をかきながら言う。
「少し足りなくない?」
「そうだな。もう1人くらい欲しいかも」
  信也も資料をのぞきこみながら言った。
「って、誰?」
「誰がいいかな……そうだ、絵麻はどうだ?」
「わたし?」
  突然話が回って来て、絵麻は茶水晶の瞳を丸くする。
「え、なんで絵麻?」
  翔の方も意外だったらしく、じっと信也を見ている。
「慣れるのにちょうどいいだろう。いつまでもお前らでかばってるわけにもい
かないし」
「まあ……それはそうなんだけど、でも危なくない?」
「この危険度なら大丈夫だろう。特にしかけがあるわけでも、警備員を雇って
るってわけでもないみたいだし」
「うーん……」
  翔は資料としばらくにらめっこしていたのだが、やがて息をついた。
「わかった」
「それじゃ、絵麻。できるな?」
「え?」
「シエルと哉人についてくだけだから」
「うん……」
  こうして、絵麻ははじめて、翔やリリィと離れて行動することになった。
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