封隼が目を覚ましたのは、倒れてから3日目の夕方だった。 医務室には唯美以外に夕飯の支度前の絵麻と、これから夜勤だという信也が いた。 3人で脈絡のない話題を広げて、不安を少しでも取り払おうとしていた。 「ん……」 封隼が小さく呻いて、顔を動かした。 ゆっくりと漆黒の双眸が開く。 「封隼?!」 「……ここは?」 まだ意識がはっきりしていないような口ぶりで、封隼が呟いた。 実際、彼は無表情を作れていない。ほうけた子供のような顔をしている。 「第8寮の医務室だよ」 信也が教えてやる。 「第8寮……?!」 小さく言ってから、突然ピントがあったように封隼は表情をリセットし、ベッ ドから体をはねおこした。 が。 「痛っ……」 傷が痛んだのだろう。小さく呻き声がして、起こしかけた体がぐらりとかし ぐ。 「まだ動くな。3日間ずっと眠ってたんだぞ」 倒れかけた体を信也が受け止め、封隼は息をついた。 「3日も経ったのか」 再び寝かされながら、封隼はそう言った。 「とにかく、もうしばらく寝てろ。俺はリョウを呼んでくるから」 「リョウ?」 「こいつが目を覚ましたら連絡してくれって言われてるんだよ。診察したいっ て」 言うと、信也は医務室を出て行った。 唯美はくいいるようにして封隼のことを見ている。 封隼のほうも、ぼんやりとではあるが唯美を見ていた。 「封隼。唯美はずっと、封隼が起きるの待ってたんだよ」 言ってから、絵麻はひょっとして自分が邪魔者なのではないかと言うことに 気づいた。 「それじゃね」 慌てて立ち上がり、絵麻は部屋から退散する。 「あ、ちょっと絵麻!」 唯美は引きとめたかったようだったが、絵麻はさっさと部屋を飛び出し、扉 を閉めてしまった。 「……」 「……」 部屋を沈黙が支配する。 今まで2人きりになることはなかった。封隼を前にすると唯美がいつもくっ てかかっていたので、必ず誰かが側にいてそれを防ぐようにしていたのだ。 「あ……あの……」 謝りたいのだ。 そのために、3日間ずっと待っていたのだ。 けれど、いざその時が来てみると、言葉が出て来ない。 「……」 やがて、封隼が小さく息をついた。 「なんで殺らなかったんだ?」 「え?」 「殺るんならちゃんと急所を狙え。生き残ってるじゃないか」 「何言ってんのよ!!」 唯美は声を荒げる。 「死んで欲しくなんかなかったもの! 死んで欲しくなんか……」 唯美の表情が歪む。 「それじゃ……」 「……」 「……」 しばらく続いた沈黙を破るように、封隼がぽつりと言った。 「……お互い本当の感情を出すのは苦手らしいな」 つられるように、唯美も泣き笑いになった。 「ホント……なんでこんなとこばっか似てるのよ?」 その言葉は実質上、唯美が封隼を弟だと認めたような言葉だった。 「もっといいところを似なさいよね。アタシなんか全然ダメなお姉さんだけど さ」 「ダメじゃない」 「え?」 「唯美……姉さんはダメじゃないよ」 言ってから、封隼は血色の悪い頬を僅かに赤く染めた。 唯美は泣き出しそうな顔で、封隼のかけ布団に投げ出されたままの手を握る。 「……ごめんね」 そのまま、唯美はかけ布団に顔を埋めた。 「唯美?」 「早くよくなって……」 そのまま、言葉が途切れた。 「唯美?!」 封隼は慌てて唯美を呼んだが、返ってきたのは寝息だった。 「眠っちゃったね」 いつの間にか、戸口にリョウが立っていた。 「ここ3日、唯美はずーっと徹夜してたんだよ。封隼が目を覚ました時に寂し くないようにって」 絵麻もリョウの後ろから顔を出した。 「……」 封隼は感情を出したことがきまり悪いのか、ふいっとそっぽを向いた。 その頬はやはり赤く染まっている。 「さて、診察診察。具合はどう? 気分悪くない?」 「早く元気になってね。春雨のスープ、すぐに作れるようになってるから」 「……わかった」 封隼は小さく言うと、再び目を閉じた。