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  封隼はそれから、3日ほど眠り続けていた。
  リョウが心配していたショック症状は、唯美の輸血のかいがあって起こらな
かった。
  後でリョウは「正直、五分五分だとは思ってたんだけどね。よかったよかっ
た」と笑い、信也に無責任すぎないかと怒られてはいたが。
  翌朝は夜勤の信也と、ついて看病すると言って有給を取った唯美以外は全員
仕事に出て行った。絵麻も普通に朝食を作り、汚してしまった衣服を洗濯し、
寮にいる3人分の昼食を作り、掃除を済ませて夕食を作った。
「あれ?  春雨のスープじゃないの?」
  食卓に並んだチキンサラダを見て、翔がそんなことを言った。
「これ嫌い?」
「ううん。そうじゃなくて。昨日の買い物がそのままだったから、今日はスー
プだなーと思い込んでたんだ」
「スープは封隼が目を覚ましてからにとっとこうと思って」
  絵麻はそう言って笑った。
「目を覚ましたら、食べさせてあげるつもりなの」
「そうだね。それがいいね」
  夕食を出し終え、夜勤に当たっている信也がでかけてしまうと、絵麻は1人
分の食事を持って医務室を訪れた。
「唯美?  開けてくれる?」
  中から少し痩せた顔の唯美が出て来た。
  盆に乗せられた食事を見て、わあっと声をあげる。
「夕ごはん、持ってきたよ」
「ありがとう」
  唯美は封隼の側について看病しているので、夕食にこなかったのである。
「鷄のサラダなの?  美味しそうね」
「嬉しいな」
  目を輝かせて受け取る唯美に、絵麻も自然と笑顔になる。
「封隼の具合はどう?」
「相変わらず眠ったまま。リョウは消耗が激しいからしばらく眠り続けるんじゃ
ないかって言ってた」
「そうなんだ」
  絵麻はちょっと肩を落とした。
「封隼にもごはん、食べてほしいのにな」
「そうだ。アタシあやまらなくちゃ」
「?」
  唯美は漆黒の目を伏せた。
「アタシね、封隼の部屋の前に置いてあったごはん、何度かひっくり返したこ
とがあるの」
「え?」
  絵麻は封隼がやったものだと思っていた。
「アタシ、自分があんなに心配してもらったことってなかったんだ。ごはんな
んて取りに行っても食べられないこともあったし。何で武装兵のアイツが絵麻
みたいな優しい人に心配して食べ物運んでもらえるんだろうって、うらやまし
くて」
「そうなんだ」
「ごめんね。嫌な思いしたよね」
  唯美は頭を下げた。
「たくさん悪いことして、怖い思いもさせて……ごめんね」
「ううん」
  絵麻は首を振る。
「唯美がやったこと、悪いけど悪くなかったよ。上手く言えないけど」
「?」
「唯美みてるとね、お姉さんを思い出すの。わたしのお姉さんは凄く怖くて、
考えただけで震えが止まらなくなるよ。でもね、唯美をみてるとね、少しだけ
だけど怖くなくなるの」
「アタシを見てると?」
「うん」
  絵麻は頷いて。
「唯美は間違ったところをちゃんと直した。今だって封隼につきっきりで看病
してる。だからもう怖くないの」
  言って、照れたように小さく笑った。
「アタシは最初に間違ったことしてるんだけどね」
  唯美は眠り続けている弟に視線を移す。
「早く謝らなくちゃ」
「それで待ってるの?」
「そうよ。寝ないででも待つつもり」
  唯美は言って、少し悲しく笑った。
「目が覚めたときに誰もいなかったら寂しいじゃない」
「……そうだね」
  幼い頃に熱を出した時。両親は例のごとく出張で家をあけていて、結女はC
Mの収録だとかいってこれもまたいなくて、9歳の絵麻は1人で風邪薬を飲む
と1人ぼっちで布団に入った。
  家の中に1人きりは、とても寂しかった。心細かった。
  それでも少し眠り、うとうとと目を覚ましかけた時、絵麻は家の中にいい匂
いがしているのに気がついた。
『絵麻ちゃん、大丈夫?』
  布団から顔を上げると、祖母の舞由が心配そうな面持ちで横に座っている。
『お祖母ちゃん』
『おかゆ作ったのよ。食べられる?』
  どんな時も、祖母がいてくれると安心した。どれだけ不安になっても祖母が
側にいて、絵麻を抱きしめてくれた。
「わたしも、側にいようかな」
「絵麻も徹夜するの?  大丈夫?」
「うーん……」
「絵麻って反応が素直よね」
  唯美は笑って、絵麻の額を軽くこずいた。
  その日から、絵麻は暇を見つけてはちょくちょく医務室を訪れて、唯美にお
茶を入れてあげたり看病を手伝ったりした。
  医務室には唯美だけではなく、リョウが診察をしていたり、リリィがいたり、
シエルと哉人が騒いでいたりと人が絶えなかった。でも、誰がどれだけ騒いで
も封隼は目を覚まさなかった。
  唯美は本当に徹夜しているらしく、2日目の夜あたりから疲れを顔ににじま
せはじめた。
  けれど、彼女は決してねをあげなかった。自分にかせられた業のように思っ
ていたのかもしれない。
  だから絵麻も他のみんなも何も言わなかった。
  早く唯美が封隼と仲直りできるように。
  絵麻はそう祈っていた。
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