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2.愚かな少年

 その日から、奇妙な日々がはじまった。
 絵麻の1日の送り方は変わらない。ごはんを作ったり、買い物をしたりして
過ごす日々だ。
 けれど、そこに漂う空気だけが異常に殺気だっていた。
「おはよう、海君」
「……」
 絵麻の作り笑いをあっさりと無表情で返した封隼が、離れた席に座る。
「紅茶飲む?」
「……」
「唯美は? パン、もっと食べる?」
「いらない」
 ぎこちなくはあったが作り直した絵麻の笑顔を、唯美があっけなく粉砕する。
「武装兵と同じ場所になんかいたくないもの」
 封隼は離れた席で黙々と朝食を食べていた。
「海君は?」
「……」
 封隼は絵麻が差し出したパンのかごを一瞥すると、そっぽを向く。
 その光景を見て、残りのメンバーもどこか落ち着かないような、異様に張り
詰めた雰囲気になってしまい……落ち着きがないのだ。
「少しは食べろよ」
 通路を隔てた席に座っていた信也にこずかれて、封隼は不精不精、パンの小
さなカケラを取った。
「アタシ、もう行くね」
「え? 時間、早くない?」
「ここにいたくないのよ」
 絵麻の素朴な疑問に、トゲ全開の言葉で唯美は応じて。
 ひゅっと、部屋の真ん中で瞬間移動をかけてしまった。
 人が一人目の前で消えるのは、慣れた身にもかなり新鮮だった。
「……」
 封隼もその光景をじっとみつめている。
「珍しいでしょ?」
 とっかかりを作ってみようと思って、絵麻は話しかけた。
「瞬間移動なんだって。唯美は東の方の、特殊な一族の出身で、その一族しか
超能力は使えないんだって。不思議じゃない?」
「……ってる」
「え」
「知ってる」
 封隼は言うと、席を立った。
 そして、そのまま部屋を出て行ってしまった。
「……」
「感じ悪い奴」
 自分が食べた皿を器用に積み重ねながら、哉人が言う。
「お前も人のこと言えないんじゃないの? 愛想ナシ」
「そっちもな。守銭奴」
「言ったな?」
「言ったけど?」
「これ以上ケンカ増やすなよ」
 ナイフとフォークの投げ合いになりそうになったので、信也が仲裁に入った。
「罰金取るからな」
「……」
 不思議なもので、彼が仲立ちするとだいたいのことが丸く収まってしまう。
 Mrのような逆らいがたい威圧感があるわけではないのに、たった一言いう
だけでその場を収めてしまうのだ。
 封隼も信也のいうことはきいているし。
 シエルと哉人も、何か言いたそうではあったがそれを止め、各自食べ終えた
皿を片付け始めた。
「何だかなー……」
 先に食べ終わっていた翔が、食器を下げてきた。
「何が?」
「空気が張り詰めてる。入試直前の教室に放り込まれたみたい」
「うん……」
 洗剤を泡立てながら、絵麻もあいづちを打つ。
 実際、そうなのだ。
 封隼は打ち解けようとしない。唯美が態度をやわらげることもない。
 毎日冷戦しているようなものだ。
 これでは見ているほうもまいってしまう。
「何とかならないのかな」
「え?」
「唯美の考えが変わるとか」
「っていうか、それはムリだろ」
 食器を片手だけでさげてきたシエルが割って入った。
「あいつは武装集団のことすっげえ恨んでるし、絶対正義みたいな部分もある
から。まず考え方は変えねえよ」
「思い込み激しいからな。あれはよっぽどの何かがないと変わらないだろ」
「何でそんなに思いこんじゃったんだろう」
 下げられてくる食器を洗いながら、絵麻はぽつりと言った。
「何が正しくて、何が悪いのかなんてわかんないのに……」
「それは絵麻だけだろ」
「どうして? みんなはわかるの?」
「唯美の場合、目の前でご両親を殺されたって現実があるから」
「あれはツラいよ。普通に親が死んだってショックなのに。それに、弟も行方
不明になってるんでしょ」
 恨みも倍増するよ、とリョウが頷く。
 目の前で両親を殺されたら。そう考えると、絵麻も震え出さずにはいられな
い。
 実際に祖母が死んで。事故だったのか、病気だったのか、それとも自殺だっ
たのか……原因は何ひとつわからなかったけれど。
 もしも他殺だったとしたら……あの優しい祖母が殺されたのだとしたら。
 絵麻は怒っていただろう。
 全ての感情を犯人にぶつけ、荒れ狂ったに違いない。
 犯人に通じる全てを憎悪し、排除しただろう。それが何者であったとしても。
 実際、今犯人が名乗りをあげたら自分はそうするだろうと絵麻は確信してい
た。
 だから、唯美の気持ちはわかる。
 わかるのに、なぜか唯美を押すことができない。
(どうしてなんだろう……どうして?)
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