その次の瞬間、絵麻の目の前で刃物同士がぶつかりあい、火花を散らせた。
「え?」
「これで2対2だな」
日本刀を持った信也が、絵麻とアレクトの間に割り込んだのだ。
「仲間か」
「翔、絵麻、貸しにしとくからな」
「……ッ!」
メガイラが再び長針を放つ。
しかし、その針は突如巻き起こった突風に巻き込まれ、威力を失った。
「風?!」
「貸しその2。1人30エオーでいいや」
風に中身のない右袖をはためかせたシエルが、ゆっくりと歩み寄る。
左手には緑色の貴石が握られていた。
「シエル?」
「分割の場合の交渉は後で。ともかく、2対3で形勢逆転だな」
「あら、もっと大勢いるのよ?」
その後ろにはリョウ、リリィ、唯美、哉人といった面々が顔をそろえている。
「チッ」
「人数が多いのが取り柄なのよね」
リョウが笑いながら、鎖を構え直した。
「メガイラ、援護してくれ。私が平和姫を討ち取る!」
「いいえ。ここはいったんひきましょう」
「何で? あの憎い平和姫さえ殺せばいいんだろう?!」
「その前にわたくし達が殺されます。それよりも、パンドラ様に情報を届ける
のが先決です。
そして、この石も」
メガイラが取り出したのは、住民たちの流した血にまみれた血星石。
バーミリオンの住民の血で完成したピュア・ブラッドだった。
「クッ……」
アレクトは絵麻をにらみつけた。
「平和姫、必ずアンタを殺させてもらうからね」
「あ……」
それは、この前の狂女、パンドラが去り際に言ったのと全く同じ言葉だった。
全てを凍りつかせるような、純粋な殺意。
「おい、待てよ!」
シエルの旋風が2人を襲ったのだが、風に巻き込まれるか否かの狭間で、彼
女らの姿は闇に溶けるようにして消えてしまっていた。
「逃がしたか」
「どうして……どうしてわたしを……?」
絵麻は体に張り付いた寒さをはがすように、自分の両肩を抱いた。
「平和姫?」
翔がアレクトの残した言葉を繰り返す。
その言葉を聞きながら、絵麻は肩にやった自分の手が血だらけになっている
ことに気づいた。
着ている制服も真っ赤に染まっている。
「え……?」
この血は……カノンの……!
「いやあっ!!」
絵麻の中に、今まで実感のなかった現実が蘇る。
「絵麻?」
「カノンが……カノンがっ! カノンがぁっ……!!」
繰り返す声は嗚咽に変わり、ほとんど聞き取れない。
「カノン?」
「……ここだ」
信也が鞘に収めた日本刀で、自分の足元に転がっている体を指す。
「カノン?!」
リョウが駆け寄り、脈を確かめるのだが……すぐに首を振った。
「・・」
泣きじゃくる絵麻の肩を、リリィがそっと抱いた。
自分が血でぬれるのも構わず、絵麻の髪をさすってくれる。
「リリィ……カノン助けて。お願い」
「・・」
「カノンは死んじゃいけない……だって、カノンは幸せになるんだよ? 故郷
に戻れて、大好きな人のお嫁さんになれて……そうでしょ?」
「・・」
「リョウなら治せるんでしょ? だって、お医者さんなんだもん。回復できる
パワーストーン持ってるもん。治せるよね?
カノン、また笑ってくれるよね?
ねえ、リョウ。カノン、また笑ってくれるよね?」
「!」
リョウが紫色の目をつらそうに伏せる。
「絵麻!!」
信也の強い語調に、絵麻は打たれたように泣き止んだ。
「いいか、カノンは死んだんだ。死んだ人間は生き返らない。決してな」
「でも、だって、リョウの能力は……」
「言ったよね? 新しい傷は治せても、古い傷は治せないって」
翔が静かに言う。
「だって、新しいじゃない! まだそんなにたってないもの。新しいじゃない!
「『新しい』ってね、人間の自己治癒力が働いている間のことを指すんだ。人
間が死ねば自己治癒力は止まってしまう。だから、それは『古い』傷だよ」
いつもと同じ、絵麻の疑問をするするとくみほどいていく言葉。
けれど、その言葉が告げたのは――“絶望”。
「そんな……」
絵麻のうなだれた髪に、リリィがそっと手を添える。
「とにかく、戦乱を鎮圧したんだから任務完了だな」
「戻る?」
「ああ。明日も仕事があるし」
「夜の任務って結構疲れるよな」
「アタシ、もう1回シャワー浴びたい」
頭上を行き交う言葉には、悲しみも痛みも、何もこもってはいない。
(どうして、みんなは平気でいられるんだろう……)
ふと顔をあげたとき、リリィと目があった。
いつもと全く同じ、綺麗な新緑色の瞳がじっと絵麻を見つめている。
「……!」
絵麻はリリィのやわらかいショールに、半ば無理やり頭をうずめた。