第8寮はエヴァーピースの南端に位置している。 PCのある市街地は北端の最前線。病院や商店、バス停などの主要機関は北 に集中している。 従って、第8寮から歩けばいちばん近い店までは余裕で20分を越える。 ちょっと歩けばスーパーやコンビニがある現代とは大違いだ。 まして車も自転車もないんだから、移動手段は徒歩。 それだけ歩けば、絵麻の熱していた頭も冷える。 「悪いことしたよね……」 PC終業時刻ということで、人が多くなってきたメインストリートを歩きな がら、絵麻は独り言をいった。 でも、「1人で買い物してくる」と大見栄をきった以上、買い物をして帰る のが最良策だろう。 『練習用のお金』といっても、ちゃんと使える本物である。 ここにはスーパーやコンビニのような『何でもそろっている店』や『24時 間やっている店』はない。似たような店はあるが、24時間営業ではないし品 物も限られている。 絵麻は古びた木製の店に入って行った。 仕事帰りの人達で、店内は混雑している。 (えっと、何作ろうかな。昨日が焼き物だったから、今日は煮物にしよう。 もうお肉がなかったよね) 絵麻は3種類ほどの切り身の肉が並んだ棚から、豚肉(正確には違うらしい) を選んで取った。 店の一方にずらっと並んだ箱からにんじんを2本取り、雑貨の並んだ棚に戻っ て塩とバターとを買う。 (ピーマンと片栗粉はまだあったし……こんなもんかな) 絵麻は腕の中の商品をざっと見回すと、レジに向かった。 レジは1つしかなく、ずらっと人が並んでいる。 中にいるのは鈍い金髪を三つ編みにした女の子で、手元のレジスターを忙し く叩いている。彼女の指が動くたびに甲高い音がした。 バーコードで当てて、というレベルではない。今時どこに行ってもお目にか かれない、古めかしいレジスターだ。 そんな事を考えながら、絵麻はそっと列の後ろに並んだ。 レジスターの音に客が次々送り出されて行く。 あっというまに絵麻の番になった。 「いらっしゃい」 レジの中で笑うのは例の金髪を三つ編みにした女の子。 紺のエプロンドレスを着ていて、緑色の目が明るく笑う。年は絵麻と同じく らいだろう。 「全部で21エオーと42フェオになります」 あっという間にレジを打ち終わった女の子がそう告げた。 「21エオー……?」 とたんに、絵麻の頭は真っ白になってしまった。 『練習用』ということで、サイフにはどの種類のお金も1種類ずつが入れら れている。 従って、10エオー玉は1枚しか入っていないのである。