パンドラは気だるそうにぱちぱちと拍手した。 「随分早く着けたじゃない。やっぱり、仲間を切り捨てたから?」 にやりと、唇が歪む。 「違う……」 「圧倒的に不利な状況に友達残してきて、何言ってンの?」 パンドラは鼻で笑った。 「負けるに決まってるじゃない。わかってんでしょ? アンタも、自分だけ助かればそれでいいんでしょ?」 「違うわ……」 絵麻は精一杯の気力で、パンドラをにらみつけた。 「わたしは、みんなと帰るの! だから、争いをここで終わらせる!」 「終わるわけないじゃない。私を倒せたとしても、私の恨みがアンタに向 く。アンタも、いつか誰かを恨む。争いは終わらないわ」 「ううん。ここで終わりだよ」 絵麻はそう言って、少しだけ笑った。なぜ笑ったのかは自分でもわから なかった。 「わたしは誰のことも恨んでない」 「アンタを都合のいい道具としてしか見なかった姉さんも? 勝手な都合 で放置した両親も? 助けてくれなかった教師やクラスメイトも? 自分を人柱にしようとした祖母も許せるっていうの? そんなことがあ るわけない」 パンドラは嘲り笑ったが、絵麻は静かに頷いた。 「お祖母ちゃんが、わたしを道具にするわけがない」 その強い瞳に、パンドラの目の奥が僅かに揺れた。 「……何でアンタはそんなに信じてるのよ。何で許せるのよ」 「人には事情があるって、知ってるから」 どうしても譲れないものというのが、誰にでも存在する。 それは人によって様々で。だから、それは争いにつながるけれど、同時 に理解になることがある。理解することができれば、無意味な争いはさけ られる。 「事情があるのなら何でも許されるってわけじゃない。理不尽な事はいっ ぱいある。 けど、それでも相手をわかれば、許せなかったけど許せるようになる物だっ て、いっぱいあるはずだよ」 翔が行った事は、誰の目から見ても悪いことだ。 絵麻も、実際そう思っている。何万もの命を、ただの感情で奪った大罪 人。 だけど、絵麻は翔の抱えていた、やり切れない寂しさと悲しさを知って いる。 行った事は許されない罪だけれど、絵麻は、翔のことは許している。 「大切にしたい人達がいる。理不尽な世界でも、頑張って生きている人が いる。わたしは、その人達をこれ以上傷つけたくないよ」 「……偽善ね」 パンドラは吐き捨てた。 「パンドラ。終わりにしよう? もう、終わろうよ」 「アタシはこんな理不尽な世界を許すわけにいかない」 パンドラは玉座から立ち上がった。 その手に、闇の波動が集中して行く。 「死になさい。偽善者!」 「!」 闇が放たれる。絵麻は動くことができずに、その場に立ち尽くした。 「絵麻!」 その時、目の前に出現した電子の壁が、闇を弾き返した。 この能力を使うのは……。 振り返ると、そこには絵麻の思ったとおりの人物がいた。 「翔!」 翔は絵麻の側に駆け寄ってきた。 「絵麻、大丈夫だね? ケガしてないね?」 「翔は? 大丈夫?」 問われた時、翔の表情が一瞬歪んだ。 「みんなは?」 「アレクトとメガイラのところにいるって……」 不安を隠せない様子の絵麻に、翔は強く笑いかけた。 「大丈夫。早く終わらせて、加勢に行こう」 言って、彼は絵麻を背後にかばうようにして、パンドラと対峙した。 「役者が揃ったようね」 パンドラはするりと、玉座から降りた。 「さあ。最後の舞台をはじめましょうか」 「殺させないよ。絵麻は僕が守る。絶対に守るんだ!」 翔は言って、エマイユの不吉な言葉を振り払うようにありったけの能力 を解放した。