「これで本当にいいんですね?」 通信の端末を置きながら、ユーリが静かに言った。 「ああ」 自分の執務机にいたMr.PEACEが頷く。 彼の手には、短剣が握られていた。 「ユーリ」 「はい」 「お前が手を下してくれるな?」 「……」 「私が手にかけたとあっては、外聞が悪い」 平然と言うMr.PEACEを、ユーリは一瞬、強い瞳でにらんだ。 しかし、それは一瞬で。 彼はすぐに普段のものやわらかな笑みを浮かべ、頭を下げた。 「申し訳ありません。国府との会議の日程が今日に変更になってしまった ので」 「そうか」 「失礼します」 ユーリは静かに部屋を辞した。 そして、関節が白く浮くほど握りしめた拳を、壁に叩きつけた。 「……イオ」 ユーリは、今はもう届かない恋人の名前を呼んだ。 中途半端な時間だったせいで、絵麻は誰とも会わずにPC本部の、Mr. PEACEの裏の執務室があるフロアまで来ていた。 廊下の突き当りまで歩く。見ただけだと行き止まりのように見えるここ は、側まで来ると実は壁側に急な階段があるのがわかる。その先に執務室 があるのだ。 絵麻は一度深呼吸すると、重厚な扉をノックした。 「いらっしゃいますか?」 「誰だ?」 返ってきたのは、Mr.PEACEの声。 いつもはユーリが応対しているので、その事にどきりと心臓が跳ねた。 「深川です。深川絵麻」 「入れ」 「失礼します」 言って、部屋の中に入る。 Mr.PEACEはいつもの執務机の前に座ってはおらず、部屋の三方 を占める本棚と本棚の間にいた。その後ろに、気をつけて見なければわか らないような扉がある。 最初に来た時は気づかず、2度目に気づいたのだった。あの扉はどこに 通じているのだろう。まだ知らない何かがあるんだろうか。 「何か?」 絵麻の視線をいぶかったのか、Mr.PEACEが問いただす。 その声に、また心臓が跳ねた。 (あれ、何でこんなにどきどきいうんだろう……) 最近ずっと感じていた鼓動は、胸の底が甘く痛むような心地よいもの だった。 けれど、今のこれは違う。全然違う種類のものだ。 学校に行く時。姉の前に出て行く時。そんな、苦手な場面で感じていた もの。 どうして……? 「あの、呼ばれて来たんですけど……」 早く戻ろう。みんなのところに帰ろう。 そう言って、顔を上げる。 Mr.PEACEと目が合った瞬間、ふいに、絵麻はノイズを聞いた。 「あ……」 不愉快な音が目を、耳を侵していく。さっきよりずっと酷い。 絵麻は頭をおさえ、その場に膝をついた。 そして、頭痛がおさまった時に、また今とは違った光景を覗き込んでい た。