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 絵麻は急ぎ足でエヴァーピースの中心部へ続く道を歩いていた。
 この街に住み始めてから、もう半年以上が経つ。最初は慣れなかった舗
装されていない道も、今ではおなじみだ。
 むしろ、舗装されている道のほうが今では信じられない。確かにバイク
や車は走りやすいし、ほこりも立たないけれど、ただかちんかちんに固め
られたアスファルトには命がない気がする。人間のためだけに作られた傲
慢な道。
 絵麻は風にあおられて額にかかった髪をかき上げると、道を急いだ。
 ここにいられる今が好きで。
 その事が、とても幸せだと思える。
 心の中が満たされていて、とても暖かい。こんな気持ちは、きっと……。
 待ち合わせの場所に着く。目的の人物は、既にそこにいた。
 いつものジャケットは着ていなくて、長身なのが遠目でもわかって。手
の火傷跡もわかって、その手が専門書を開いていた。没頭していて、こち
らには気づいていない様子だ。
 すっと息を吸って、早くなっていた呼吸を落ち着かせる。2人で会える
から急いできたと思われるのは、少し恥ずかしい。
 けれど、絵麻が側に行く前に、相手――翔の方が顔を上げた。
「絵麻」
「ごめん、遅くなっちゃった」
「何照れてるの?」
「えっ……」
「顔が赤いよ?」
 本を閉じながらさらりと言われて、絵麻は頬を押さえた。確かに、熱く
なっている。
「や……」
「そういうとこ、可愛くて好きだな」
「やだっ、人のいるとこで言われたら恥ずかしいよっ」
 思わず顔を伏せた絵麻を見て、翔はしばらく楽しそうに笑っていた。
 翔――明宝翔は、絵麻の想い人である。
 絵麻は元々、ガイアの人間ではない。詳しい経緯は省くが、姉に殺され
た絵麻はどういうわけかこの世界『ガイア』に落ちてきた。ガイアで最初
に出会ったのがこの翔であり、絵麻をなし崩し的に巻き込むきっかけを作っ
たのも彼である。
 一緒に過ごすうち、絵麻は翔の、ありのままの自分を見ていてくれる優
しさにひかれた。自分が翔を想うように、翔にも自分を想ってほしいと、
叶うはずのない希望をこっそり胸に抱いていた。
 そして、その純粋な願いは叶えられた。
 もうただの友達じゃない。けど、恋人と呼ぶほどふわふわした関係でも
ない。
 それをどう呼べばいいのか、絵麻にはわからなかったけれど、翔の側は
とても安心できて。それが何より幸せだった。
「そろそろ行く?」
「うん」
 並んで歩き出す。
 今日2人で待ち合わせをしたのは、この前破れてしまった翔のジャケッ
トを買いに行くためだった。翔は自分で縫って直すから新しくしなくても
いいと言ったのだが、縫っても無理なほど破れてしまっていたし、それに、
ユキの血が染みついていた。
 ユキ、というのは翔が起こした事故の被害者であり、被害者の遺族であ
る。ユキの兄は事故が原因で亡くなり、ユキ自身も左目と左足を失った。
彼女の人生はそれを境に大きく狂い、名前を変えて、平然と恵まれた生活
をしていた翔への復讐を胸に、エヴァーピースにやってきた。
 けれど、彼女の結末は幸せなものではなくて。
 幸せの名前を持っていたのに、彼女は最期まで幸せにはなれなくて。
 翔はその事を悔やんでいる。
 だから、彼女の血が残るジャケットを着続けようとしたのだが、絵麻は
それを止めた。
 もう眠らせてあげたほうがいいと思ったから。先に逝った家族のところ
で、ゆっくりと眠らせてあげるべきだと思ったから。
 ジャケットはユキと一緒に天に返した。だから、翔は今上着を持ってい
ない。
 それで買い物に来たのだ。
「わたしが選んでいいの?」
「うん。お願い」
「わたし、センスないよ? サイズだって間違ってたし……」
「あ、違うんだ。絵麻が選んだので合ってるんだよ」
「そうなの?」
 翔は頷いて、続けた。
「彼女が……ユキが、適当なことを言っただけ」
「そっか」
 絵麻はこの前選んだジャケットを棚から見つけてくると、翔に渡した。
 一度袖を通して確認する。絵麻が思った通り、紺色は翔によく似合って
いた。
「どう? 大きくない?」
「うん。ちょうどいい感じ」
 会計を済ませて、そのまま並んで歩き出す。いつもの雑貨店の前を過ぎ
ると、喫茶店が見えた。
「相変わらず盛況だね」
 大きなガラス張りの窓から、店の中の様子が見える。娯楽の少なかった
町のせいか、この喫茶店はいつでも賑わっていた。
「あ、そうだクーポン」
 絵麻は財布の中から、この前雑貨店でもらったクーポン券を出した。
「?」
「飲み物1杯、サービスしてくれるんだって」
 今、翔と行きたいと思った。でもそれは我侭な気がする。
 いくらお互い好きでも、いきなり甘えだしたら、それは変だろう。
「翔にあげるね」
「え?」
「誰か、行きたい人と……」
 翔は絵麻に押し付けられたクーポンを少し眺めていたが、やがて言っ
た。
「じゃ、今行こうよ」
「?」
「僕、絵麻と行きたいから」
 たぶん、翔は絵麻の気持ちを察していたのだろう。瞳の奥が笑ってい
る。
「絵麻は、僕と一緒は嫌?」
 絵麻は真っ赤に染まった顔をぶんぶん振った。
「じゃ、行こうよ」
 2人で喫茶店の入り口まで歩いて行ったのだが、ちょうどその時扉が
開いて、絵麻は中から出てきた人とぶつかってしまった。
「あ、ごめんなさ……」
「絵麻?」
 ずっと高い位置から降ってくる声。
「信也?」
「あれ、2人揃ってどうした?」
「そっちこそ」
 信也の後ろにはリョウがいて。彼女は驚いた顔をしていて、多分、
今自分も同じ顔をしているんだろうなと絵麻は漠然と思った。
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