「翔!」 始業前、PC本部の廊下を歩いていた翔に、にこにこしたユキが歩み寄っ てきた。 「おはよう」 「……」 翔は僅かに顔をしかめる。 そんな様子を確かめてから、ユキはさらりと言った。 「昨日、洋品店にアンタの寮の寮監がいたわよ」 「!」 その時初めて、翔はユキを見つめた。 返ってきた反応の大きさに、ユキは楽しげに笑う。 「アンタのためにジャケットなんか選んでたんだわ。サイズが違うし色も あってないって、こんな事も知らないのかって、嘘ばかりまくしたててやっ たら顔色変わってね。真っ青になっちゃったのよ」 バカみたいねぇと、ユキはさも愉快そうに笑った。 「アンタなんかに尽くしたって、殺されちゃうの決まってるのに」 「絵麻に関わるな」 翔は低い声で、しかしはっきりと言い切った。 「お前が恨んでいるのは俺だけだろう」 「アタシが恨んでるのはアンタと、今の幸せなアンタを作ってるもの全部 よ」 ユキは恨みでいっぱいになった声でそう言った。 「あの子はアンタの幸せなのね? あの子が大事なのね? アタシの人生 をさんざん狂わせておいて、アンタは色恋沙汰で遊んでたんだ! そんな 権利、アンタにはないのに!」 頭に血が昇り、翔は左足でユキの杖を思いきり払った。 支えを失い、ユキは廊下に転倒する。 「あの子に……絵麻には手を出すな」 そのまま手を差し伸べもせず、翔は歩き去る。 ユキは廊下に転がったまま、小さくなる後姿を憎々しげに見つめていた。 そして、効果的な復讐方法を考えた。 翔はあの子を――絵麻と呼ばれた子を誰より大切にしている。 見かけないデザインの青い衣服。下にはいているスカートから伸びた足 も、澄み切った茶色の瞳も健康そのもので。 何の心配もない、毎日が幸せだという顔をしていた。 ユキがこがれたものを全て持っている者だった。 翔が憎い。彼女が憎い。 どう言ってやれば、彼らを傷つけられる――?