桜の雨が降る プロローグ
プロローグ
かつてこの世界には『不和姫』(ディスコード)と呼ばれる悪の存在があった。
おとぎ話にしか存在しない、闇の存在であるはずだった。しかし、不和姫は実際に現れ、争いを引き起こし、目に止まる物全てを壊し、殺し、破滅させ――人々を絶望の淵に落とし入れた。
伝説のとおりなら、不和姫は『平和姫』(ピーシーズ)と呼ばれる善の存在によって倒されるはずだった。しかし、そんな存在が都合よく現れるはずもない。
ガイアの人々の絶望は二百年の長きにわたった。
繰り返される戦乱に疲弊し、誰もが不和姫の存在を空気と同じように側にある物として諦めたその頃、唐突に不和姫は消えた。
何があったかは誰も知らない。ただ、突然に不和姫は消え、内戦掃討部隊であった自衛団が快進撃を開始し、暗黒の組織はみるみるうちに崩壊していった。
復興がなされるうち、人々の間には噂のように広まったひとつの話がある。
「『平和姫』が現れたのだ」
「彼女が極秘裏に不和姫を倒し、内戦が終わるきっかけを作ったのだ」――と。
しかし、物語はここでは終わらなかった。
内戦は終わったものの、時の政府は復興のためと称して国民に多大な税金を課した。娯楽に、医療に、日用品に――それは戦乱に疲れた人々にとっては致命的な額だった。たまたま金を持っていた一部の裕福な者達だけがそれを免れた。
人々の間には、瞬く間に貧富の差が広がった。それは不和姫の引き起こす争いに共に苦しんでいた人たちの絆を、あっけなく裂いてしまった。
人々の間では、やがてこう囁かれるようになった。
「『平和姫』のせいでこんな世の中になったのだ」
「彼女が現れなければ、こうはならなかった。奴は『偽りの平和姫』だったのだ」――と。
ガイア歴五六二年に、ひとりの少女の活躍によって平和がもたらされた。
人々は彼女のことを『偽りの平和姫』と呼び蔑んだ。
そして、今までと同じように、いつか本物の平和姫が現れることを願ったのだった。
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