Love&Place------1部4章2

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 その場所からは血のように赤い夕焼けが見えた。
 反対側の空に昇る月は夕焼けと対照的に青く、ここは異世界なんだなと絵麻は改めて感じた。
 周囲には、絵麻と年格好の変わらない少女たちが集められていた。年の頃は十五、六歳。みんな黒髪だ。身を寄せ合って震えている。すすり泣きをしている者もいる。
 その理由は少女たちの周囲を囲む者の存在だ。
 二、三体いる『それ』は、まるで幽霊のようにおぼろげな存在だった。重力などないように空を漂っていて、地面に影は落ちていない。『それ』自体が影だからだ。
 長い髪を振り乱した女性のような影。闇偶人・トゥレラ。
 その影が少女たちの周りをぐるぐると周回し、何を基準にしたのか――中のひとりを引きずり出した。
 引きずり出された少女が悲鳴をあげる。その少女に影の長い髪がしゅるしゅると巻き付き、自由を奪う。
 少女は必死に首を振る。口元にまで髪が絡みついているので、声が出せないのだ。
 次の瞬間、少女の体は萎んで塵になった。
「!!!」
 悲鳴が上がり、少女たちは逃げ出そうとするが、他の影たちに阻まれた。また別の少女が影の髪に引きずられて連れ出される。惨劇が繰り返される――。
 この状況下で、絵麻はひとり、奇妙なほど冷静だった。他の少女のように泣き叫ぶこともせず、かといって逃げる方法も探さず、ただ眺めていた。
 自分は既に死んだ人間なのだから。
 どれだけ傷ついても問題ないのではないだろうか。実際、姉は自分の痛みを考えてはくれていなかったし、周囲も絵麻には何をしてもいいと思っている部分があった。絵麻はそれが嫌だったが、抵抗することができず、追い込まれて逆らったらあの結末だ。
 あの時も悲しくて苦しかったが、今、絵麻の心を重く占めているのは他のことだ。
 翔たちに嘘をつかれた。
 優しい人たちだと思った。自分に優しくしてくれる人はもういないと思っていたから、本当に嬉しかった。
 だから、なおのことつらい。こんなにも傷つく気持ちが、まだ自分に残っていたなんて思ってもいなかった。周囲の人は冷たいということは、絵麻には骨身にしみてわかっていたはずではなかったのか。実の姉ですらああだったのだから。
 周囲から認められず邪険にされた日々はつらかった。『姉の評判のため』という建前を捨てて話せる、心を許せる相手が欲しかった。
 そんな人たちがいるとは思わなかったから嬉しかった。こんなにも苦しくなると思っていなかったから尚更つらい――。
 ついに絵麻の腕にも闇が絡みつき、絵麻はトゥレラたちの前に引きずり出された。もう誰も残っていない。絵麻と黒い影と、少女だった残骸だけ。
 自分の番が来てもなお、絵麻は虚ろだった。もう何もかもがどうでもよかった。行く場所も帰る場所もないのだから、生きている意味もない。
 なかったはずなのに。
 身体に鈍い衝撃を覚えて、絵麻は弾き飛ばされた。地面に転がって、絵麻は起き上がろうとしたのだができなかった。何かが自分の上に覆い被さっている。とてもあたたかいもの。
「何?!」
 確かめようと目を開けた絵麻が真っ先に見たのは、夕焼けを反射した金色の髪だった。その髪の持ち主は絵麻の頬に触れて顔を上げさせ、絵麻が生きていると確認すると心から安堵したように微笑んだ。
「……リリィ?」
 リリィは絵麻の体を抱き起こすと、無事を確認するようにぎゅっと抱きしめてきた。
「どうして……」
「リリィ! 絵麻は大丈夫?!」
 少し離れた場所に翔がいた。翔はいつか使っていたあの石を手に持っていた。トゥレラの数が一人減っている。形のない黒い霧に戻っている。翔が倒したのだろう。
 他のトゥレラ二人が殺気立つのが絵麻にも感じられた。リリィに強引に手をひかれて立ち上がらされる。彼女は絵麻の手をひいて翔の側まで駆けると、絵麻を翔のほうに押しやった。そしてショールの中から自分の力包石を取り出して構える。
 リリイを中心に冷気が膨れあがる。翔は絵麻の手を取ると、元来た方向へ駆けだした。熱い手が絵麻の手首をつかんでいる。
 絵麻はその手を振り払い、その場にしゃがみこんだ。翔が驚いたように自分の手と絵麻を見比べる。
「絵麻、どこか痛いの?」
 絵麻は子供がいやいやをするように、何度も首を振った。
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