Love&Place------1部1章6

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 自分の歩いてきた通学路を、それこそ這うようにして調べていた絵麻だったが、ペンダントはどこにも落ちていなかった。
 どこで落としてしまったのだろう。大切なものなのに。
 高価なものだから、誰かが交番に届けてくれているだろうか。それとも、とられてしまっただろうか。せめて袋と一緒に落ちてくれていれば――。
 そこまで考えて、絵麻は歩くのを止めた。
「どうして?」
 なぜ、ペンダントだけがなくなったのだろう?
 絵麻はペンダントをずっとフェルトの袋に入れて持ち歩いていた。取り出して眺めるのは家の中でだけだ。ペンダントだけを落とす可能性は低い。
 通学中、気づかずにスカートをどこかにひっかけてしまったのだろうか。それでもペンダントがなくなるほどだったなら、制服のスカートにも何らかの痕が残るだろう。
 だとすると、落としたのは通学中ではない。家で落としたことになる。
「あれ、あの子?」
「深川結女の妹だろ? ほら、そこのテレビに出てる」
 絵麻は反射的にそちらの方向を見た。会社員風の若い男が二人。彼らの視線の先には、家電屋のショーウィンドウがあった。大型テレビが放送しているのは午前のワイドショーのようだった。
「それでは身近なお宝鑑定団のコーナーです。本日のゲストはタレントの深川結女ちゃん!」
 紹介されて画面に入ってきた結女は妹の絵麻が見ても美人で、背筋も真っ直ぐで品格の良さに溢れていた。この人物に嘘があるなんて、誰も信じないだろう。
 絵麻だって、本当は信じていない。今の横暴な姉は芸能界の忙しさやつらさが原因で、いつか仲の良い姉妹になれるのではないかと思っている。そうでなければ、あの仕打ちを耐えたりはしない。
「それでは今飛ぶ鳥を落とす勢いの結女ちゃんのお宝は?」
「これです」
 派手な効果音と共に結女が出したのは、ベルベットの宝石箱だった。
 すんなりした白い指先が蓋を開けると、照明を反射した青い光がこぼれた。
「これは……」
「はい、ペンダントなんです」
 絵麻は大きく目を見開いた。
 画面に映っていたのは、絵麻が探していたあのペンダントだった。
 装飾も大きさも見覚えがある。自分の命より大切な祖母の形見。
「これは素晴らしいものですね」
 同席していた鑑定士らしい壮年の男性が、結女に断って手袋の手でペンダントを取り上げた。ルーペで見て吐息をもらす。
「青金石(ラピスラズリ)ですかな? しかし、私も長年鑑定をやってますが、これほど美しいものは見たことがありません。どちらでお求めに?」
「親族から譲ってもらったものなので、詳しくは」
 画面の中の結女がおっとりと笑う。
「ああ……この傷がなければ細工自体もかなりの価値なのに勿体無い」
 鑑定士はペンダントを裏返すと、画面に晒した。
 どくりと、絵麻の心臓が嫌な鼓動を打つ。
 ペンダントの裏。M to Eと刻印されている部分。
 そこには文字を消したかったかの如く、幾筋もの傷が走っていた。
「……どうして」
 絵麻の唇から言葉がこぼれる。
「どうして、お姉さん……」
 昼の街頭で立ち尽くす女子高生を、周囲の人たちが好奇と不信の目で眺めていたが、絵麻はその視線に全く気づくことはなかった。
 ただ、画面の中で笑う姉だけを眺めていた。

****

「結女ちゃん、今日もお疲れ様」
 その日も、結女が自宅まで送ってくれたマネージャーの運転する車から降りた頃には日付が変わっていた。
「お疲れ様でした!」
「明日はドラマの収録だから寝坊しないようにね」
 迎えにくる時間を告げるとマネージャーは早々に車を発進させた。彼はこれから都内のマンションまで戻らなければならないのだ。ご苦労な話である。
 結女は自宅を見上げ、居間に明かりがついたままだということに気づいて舌打ちをした。
 お子様の妹はもう眠っている時間だ。電気をつけたままにして、いったい誰の稼ぎだと思っているのだろうか。
 結女が足音高く自宅に踏み込むと、異変は他にもあった。靴箱の中身はひっくり返され、一階の自室もクローゼットや引き出しの中身が泥棒にでも遭ったかのように全てひっくり返されていた。
「……!」
 結女は階段を駆け上がり、乱暴にリビングのドアを開けた。凄い音がした。
「絵麻!」
 絵麻はリビングにいた。ソファに座って俯いていた。この時間にまだ学校のブレザーを着ていた。
「アンタ、アタシの部屋荒らしたでしょう! 汚い手で触らないでって言ってるのに!」
 そう言って詰め寄ると、絵麻は俯けていた顔を上げた。頬に涙の跡が残っていて、憔悴しているように思えたのに、乾いた瞳は爛々と結女を睨んでいた。
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