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『早く……早く私を……』
 頭の中で誰かが自分を呼んでいる。
 薄暗い古城の中だった。
 さっきまでいた建物? ううん、違う。
 薄暗がりの中に、白いサンドレスを着た少女が浮かび上がっていた。彼女
は黒髪の青年と共に、ダーティブロンドの長い髪の少女と対峙していた。
『私を呼びなさい! 早く!!』
 少女は真っ青で、唇が震えていた。
 青い貴石を胸の前にかざしていたが、突然、彼女は弾かれたようにその石
を放り出した。
「エマイユ!」
「ごめんなさい! わたし、なれない!! 平和姫になれない!!」
 次の瞬間、呆然としていたパンドラが少女に向け闇を放つ。
 それは少女をかばって身を投げ出した黒髪の青年に命中した。
「雷牙っ!」

「……」
 絵麻が目を開けると、そこは自分の部屋だった。
 午後の明るい光が、部屋中で躍っている。
「絵麻!」
 呼ばれて視線を移す。ベッドの側に椅子を動かして、翔が座っていた。
 膝に分厚い本が数冊乗っているところを見ると、長い時間ここにいたのだ
ろう。
「翔……」
「自分が何をしたか、覚えている?」
 翔の声は、今まで聞いたことがないほど鋭かった。
 表情も険しい。彼のこんな表情ははじめて見る。
「いい加減にしてくれる? 学習能力ないの? どんどん酷くなるじゃない
か」
「ごめんなさい……」
「もう聞き飽きた」
 翔は突き放すように言うと、本のページを繰った。
 しばらくページを繰る音だけがしていた。
 沈黙が鋭い刃になって、絵麻の心にくい込んでくる。
 ふっと、絵麻はリリィを思い出した。
「ねえ、翔。リリィは?」
「何?」
「リリィは? リリィ、どこにいるの?!」
「そんなのどうだっていいだろ?!」
「よくないっ!」
 絵麻は体を跳ね起こした。
「ねえ、リリィは……?」
 その次の瞬間。
 どさりと、本が床の上に散らばる。
 絵麻は、翔の腕の中に抱きしめられていた。
 彼の腕の中は砕いた石の、乾いた埃っぽいにおいがした。
「翔……?」
「もっと、自分のことを考えてよ。君の方が重傷だったんだ!
 僕が、どれだけ心配して……っ」
 翔の腕に力がこもる。
 抗うことのできない強い力に、絵麻はそのまま抱きしめられるままに
 なっていた。抗う気持ちも起こらなかった。
 翔に触れられることは、全く気持ち悪くなかった。焼け爛れた手をしてい
るのに。
「……」
 しばらくしてから、翔は手を解いた。
「翔」
「……ごめん」
 そのまま、翔は部屋を出て行ってしまった。
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