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 絵麻のいない場所で何が起こっていたかは、後から聞いた。
 翔が壁を破壊した音がシエルたちの方まで聞こえていたのだそうだ。絵麻
がまた何かをやったのではないかと思った彼らは支援に駆けつけた。
 けれど、シエルだけでは誰も救えなかった。哉人はパワーストーンを使っ
ての攻撃にはまるで向かない。アテネもそうだ。実質あの局面で、マスター
であるリリィと戦えるのはシエル1人で、そして彼もまた潜在能力ではリリ
ィに劣る。
 シエルがひきつけている間に、不利を悟った哉人がアテネに頼んで信也と
リョウを呼んだ。信也もリリィには劣るが、能力の性質上相殺に持ち込む事
が出来る。
 そうして戻ってきたのだった。
「何で……何でよりによってアタシがいない時に……」
 唯美は青ざめていた。
 隣にいる封隼も同じような顔色をしている。リョウが彼だけは寝ているよ
うに言ったのだが、頑として聞かなかった。
 唯美はちょうど、絵麻たちが北部に着いた時間に戻ってきたのだという。
その時封隼が既に真っ青になってリビングにいた。彼はメモ帳の字を読めな
かったのだ。
 そこにはリリィの筆跡で仕事の内容が書かれ「唯美がいないから全員動員
で行く事になるけど、大丈夫だから心配しないでおとなしく寝ていてね」と
付け足されていた。だから、唯美はその事を封隼に伝えて2人で大人しく
待っていた。唯美自身、諜報の仕事の疲れがたまっていた。
 その夜に7人が帰ってきて。起きた恐ろしい事態の事を聞いた。
「何で……っ!」
 唯美が祈るように組んだ手に額をあてる。
「まさか……だよな」
 不自由さをおして、優しさを貫いていたリリィ。
 その優しさを誰もが愛していた。だから、過去なんて誰も気にしなかっ
た。
 仮に過去があるのだとしても、武装集団側の人間だとは誰も思わなかっ
ただろう。
「信じないよ」
 絵麻の口から出た言葉は、本人が思っていたよりずっと強かった。
「わたしは信じない。絶対信じない!」
「絵麻、落ち着いて」
 翔が絵麻の肩を抑える。
 その肩にはまだ、リリィが貸してくれたショールがかけられたままだ。こ
の場の誰もが見慣れた、いつもリリィが使っていた手製のショール。
「やだよぉ……」
 泣き出した絵麻の肩を、翔が何度も叩いた。何かを自分に言い聞かせてい
るようだった。
 絵麻が泣くのを他の誰も止めなかった。しばらくの間、絵麻が泣く声だけ
がリビングに満ちていた。
「……で、どうする?」
 沈黙を破ったのは信也だった。
「どうするって……」
「誰が行く? 誰も行きたくないなら俺がやる」
「リリィを迎えに行くの?」
 涙でいっぱいの目を期待に見開いた絵麻に、信也は静かに首を振った。
「リリィを殺しに行くんだ」
 その場の空気が止まる。
「嘘」
「僕らの情報が流れるから……」
 リリィはNONETの内部情報を知りすぎている。誰がどんな能力を持つ
か、誰が強いのか。表も裏も知り尽くしている。
 実際、彼女を敵に回して、5人いてもなお彼女の方が有利だったのは脅威
だ。
「もう情報流れてるかもしれないんだけど……それだけに一刻を争うんだ」
「嫌よ」
「絵麻、わかって」
「わかんない! 何でわたしたちが殺しあうの?!」
 仲間だと思ってた。
 もし別れてしまう事があったとしても、こんな別れ方は考えた事がなかっ
た。
「絵麻」
「リリィ、脅されてるのかもしれない! 何か理由があるんだよ!
 リリィは裏切るような人じゃない!!」
 誰も反論しないのは、肯定だと言えた。
 けれど、それではすまない事態になっているのを全員がわかっていた。
「絵麻……」
 信也が低く呼ぶと、絵麻に近づく。
「ねえ、信也お願い! リリィ殺すなんてしないで!!」
「ごめんな」
 次の瞬間、信也は絵麻のみぞおちを力いっぱい殴りつけた。
「……!」
 激しい痛みに、意識が遠のく。
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