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3.真実、そして……。

「私、貴女のことがずっとずっとうざったかったの」
 リリィに冷たく言い放たれ、絵麻は言葉を失ってその場に立ち尽くす。
「リリィ……?」
 声が掠れた。
 信じられない。信じたくない。リリィがこんなことをするなんて信じな
い。
 こんなことを言うなんて信じない。
 リリィは今度は哀れむように笑うと、刃の先で絵麻の喉をつついた。
「私がどれだけイライラしてたか、貴女にわかる? とろくて、泣き虫で、
世間知らずで、役立たずのくせに。
 貴女の事、本当は、大嫌いだったの」
「……!」
 こみ上げた涙で、リリィの姿がぼやけた。
 その時、いつの間にかリリィの背後には金髪の、軍服を着た男性が来てい
て。
「こういうことさ」
 彼は下卑た笑いを浮かべると、リリィの腰に手を回した。
「マーチス様」
 リリィは媚びる様な甘い声で、彼にしなだれかかる。
「なんで……どうして……」
 絵麻は自分の声が震えていることに気づいた。
 目の前の光景が信じられない。
 吐き出された言葉が信じられない。
 これも幻なのだろうか?
 けれど、喉の痛みと流れて鎖骨の辺りに溜まった血の生暖かい感触が、こ
れは幻ではないと否応なしに突き付けてくる。
「絵麻、リリィ……!」
 その時、絵麻の少し後ろで立ち尽くしていた翔が声を出した。
 翔は2人を助けようとしたのだろう。足音がしたが、その翔めがけてリリ
ィは刃を投げた。
「動かないで」
「!」
 翔はとっさに避けたのだが、完全ではなかった。ジャケットの二の腕部分
の生地が裂け、下の服地があらわになる。
「リリィ」
「動いたら絵麻を殺すから」
 その間も、絵麻の喉には刃が突き付けられたままだった。
「どういう事なの……?」
 翔自身、頭でわかっていても信じられないのだろう。
「こいつは俺の女なんだよ」
 マーチスが笑いながら言った。
「8歳で武装集団領の遊郭に売られてきたんだ。めったにお相手願えない花
形だったんだぜ? 一昨年遊郭がPCの奴らに焼き討ちをかけられた時に死
んだと思ってたんだが」
「嘘だ」
 リリィの凄惨な過去。
 8歳で家族を失ってから、16歳でPCに保護されるまでは記憶がないのだ
と言っていた。
 その空白の部分が、もっとも残酷な形でさらされていた。
「嘘でしょ?! 嘘だって言って。お願い!」
「私はマーチス様の奴隷よ」
 リリィの氷の微笑は消える事がなかった。
「PCに焼き討ちをかけられて、煙を大量に吸ったのが原因で記憶喪失に
なったの。マーチス様の事を忘れてしまったのは生涯の不覚でした」
 恭しく言うリリィに、マーチスは満足したようだった。
「リリィ。こいつらを処分しろ」
「はい。ご主人様」
 リリィは言葉と共に、絵麻の喉から氷の刃を下げた。
「……?」
 そして、白い指を絵麻の首にかける。
「やっ……!」
 たまらず反応した絵麻のすぐ側に、リリィの綺麗な顔があった。
 そして、リリィはそのまま絵麻の首を絞め上げた。
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