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 何が起きているんだろう……。
 立て続けに起こる強盗事件。切り刻まれた、友人達の大切なもの。
 血糊のこびりついた日本刀。
 信也は元来忘れん坊というか、そそっかしい性格の持ち主だった。学校で出
された宿題も、3回に2回は忘れていた。
 ただ、その忘れっぽさが今のような病的なものになったのは、6年前からだ。
 6年前の、あの日。
 あの日の、俺と正也の――。

「信也お兄ちゃん、真也も行きたいよぅっ!」
「ダーメ」
 その日の朝は、本当にいつも通りの朝で。
 2人で出かけようとしていた信也と正也は、ついてきたがる年のわりに幼い
妹、真也を玄関口でなだめすかしていた。
「ちょっとくらいならいいんじゃないのか? 正也」
 信也は自分と全く同じ顔で、髪の色だけが違う弟になんとか妥協してもらお
うとしたのだが。
「いや、信也と2人で話がしたいんだ」
「何か楽しいことするんだ。ずるいずるいっ!」
「真也、土産に何か買ってきてやるから」
「あ、だったらオレにも土産、ヨロシクっ♪」
 奥からひょいっと顔を出したのは、もう1人の弟、勇也。
 秋本家は4人兄妹である。
 長男、信也と次男、正也は双子で12歳になる。2つ間をおいて三男の勇也と、
末っ子で唯一の女の子である真也。2人はまだ学生だ。
 父親は通信士で、信也は今年から父親の働く通信室に見習いに入った。同じ
双子でも出来のいい正也の方は医者になるといって、リョウの父親が院長を勤
めるブライス医院で見習いをしている。
 お互い別の場所で働き出したので、双子といっても一緒にいる時間は減って
きた。
 そんな中で正也が突然、今日話があるから隣町まで一緒に来て欲しいと信也
を呼び出したのである。
「わかった。勇也にも土産買ってきてやるから」
「やりいっ。信兄、話せる♪」
「その代わり、真也と遊んでやっといてくれよな」
「……善処します」
「信也はホント、勇也と真也に甘いよな。俺なら泣かせとくのに」
 というわけで、2人と玄関で別れ、信也と正也は歩き出した。
 庭先で洗濯物を干している母親、亜衣とすれ違う。
 彼らの母、亜衣は専業主婦だ。結婚し、双子が生まれるまでは看護婦をして
いた。
「あら、出かけるの?」
「うん」
「昼ごはんまでには帰って来てね。せっかくのお休みだから」
 母親にも見送られて、信也と正也は隣町へ続く道に出た。
 彼らが暮らすのは南部の山間にある小さな集落だ。人々は主に畑と、小さな
鉱山から出てくるパワーストーンを糧に生活している。
「で、正也。話って何だ?」
「ああ」
 正也は頷いてから、照れたように頬を赤くした。
「信也、リョウのことどう思ってる?」
「リョウ?」
 正也が口にしたのは幼なじみの名前だった。
 町で一軒の開業医の一人娘。父親が医者、母親が看護婦という医療家系に生
まれた彼女は、裕福な家庭環境とは裏腹に1人ぼっちですごすことが多かった。
 娘の性格形成に不安を持ったリョウの母親は、かつての同僚だった信也たち
の母親に相談した。そして、「2人面倒見るのも3人面倒見るのも一緒」とし
て、信也たちの母親はリョウの両親が仕事をしている間リョウを預かることに
したのである。
 そういう理由で信也と正也、リョウは半ば兄弟のように育った。山や森を駆
け回り、古い坑道にもぐりこんだりしてよくリョウの父親から拳骨を頂戴した
ものだった。
 女の子なのに、自分達に一生懸命ついてくる。そんなリョウが信也は好きだっ
た。
 学校にあがってからはそんな泥だらけの遊びもしなくなり、リョウも1人で
家の留守を守れる年になったので一緒にいる機会は少なくなった。茶色の長い
髪に少し変わった紫の瞳を持つ彼女は、そのさっぱりした性格で周囲の人気者
になっていた。
 気立てがよく、また面倒見もいい。信也も宿題を忘れてはよく叱り飛ばされ
たものだ。
 信也は学校を出て、通信室での見習い期間に入ってからすっかり疎遠になっ
てしまっていたのだが、彼女のことは昔と変わらず好きだった。
 いや、昔とは違った意味の「好き」という感情を抱いていたかもしれない。
その証拠に、信也はリョウの家であるブライス医院に毎日見習いに行く正也が
密かに羨ましいのだから。
 が、この気持ちを素直に出すことは、いくら目の前にいるのが双子の弟とは
いえ照れる。
「どうって……普通だけど」
「そっか」
「それがどうした?」
「いや……俺、さ」
 正也は歩きながら、手ごろな位置に生えていた草をぶちぶちとちぎった。
「気になるな。早く言えよ」
「医者の修行、順調に進んでるんだ。ブライス先生も、これなら立派に医者に
なれるって言ってくれてて」
「?」
 2つの話の関連性が見えてこない。
「それで……縁談持ちかけられたんだ」
「えん……だん?」
「リョウと結婚して、ブライス医院の跡継ぎになってくれって」
 聞いた言葉の重みに、信也の歩みが止まる。
「信也?」
 普通に歩いていた正也が振り返る。
「ああ……ごめん」
 慌てて、信也は歩調を速めた。
 心臓の鼓動が急に速くなったのは、そのせいなのだろうか?
「俺さ、リョウのこと結構……っていうか、かなり好きなんだ。信也に聞いた
のは幼なじみだから好きだって感情と誤解してるのかなって思ってたんだけど、
信也が普通ならそうじゃないみたいだし」
 嬉しそうに、正也が笑う。信也の様子には全然気づかず、笑う。
「……父さんたちも、知ってるのか?」
「ああ。父さんはうちには男があと2人いるんだから、安心して婿養子でも何
にでもなってこいって。母さんはブライス先生のところで働いてたこともあっ
て、縁があるって素敵だねって言って賛成してくれてる」
「……」
「リョウが本当のお姉さんになってくれれば、勇也も真也も喜ぶだろうし。信
也だって喜んでくれるだろ?」
「……そうだな」
 それだけ、信也はやっと言葉をしぼり出した。
「それで、今日は話すのと一緒にリョウに贈るエンゲージリング買おうと思っ
て。どんなのがいいかわかんないから、信也、手伝ってくれないか?」
「……ああ」
 そうして、2人は隣町についた。
 隣町は信也たちの町から出土するパワーストーンを加工して生活している。
ショーウィンドーを覗きながら、正也はご機嫌だ。
 ふっと、信也はショーウィンドに映った自分の姿に目をとめた。
 正也とうり二つの顔。こげ茶色の双眸。
 けれど、リョウの隣にいられるのは、自分ではなかったのだ。
 自分と同じ顔の、自分と違う人間が、これからリョウの隣で笑うのだ。
「信也ー。こっちの店にしようぜー」
 少し離れた店先で、正也が手を振っている。
「わかった」
 気持ちの整理は後でいくらでも出来る。
 今は、双子の弟の幸せを祝わなくては。
 信也は唇を色が白くなるほど噛みしめて、正也の元に向かった。
 こんなにも、こんなにも自分はリョウの事が好きなこと。
 今更、何で気がついたのだろう……。
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