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「廊下、掃除し終わったよ」
 とりあえず信也を自分の部屋に入れ、絵麻とリリィはリョウの部屋に来てい
た。
「ありがと」
「信也のことだから、手入れするの忘れてただけだよね?」
「多分……」
 言いながら、リョウの目が不安そうに揺れている。
「信也が犯人なわけないじゃない。動機がないし」
 信也が犯人なわけはない。絵麻はそう信じていた。
 絵麻はガイアの人間ではない。
 実の姉に首を絞められて殺され、気づいた時にはガイアに落ちて来ていた。
 絵麻を拾って直接面倒を見てくれたのは翔だが、信也も兄のような大らかさ
で自分を見守ってくれていた。
 その信也の優しさを、絵麻は知っている。
「信也のそっくりさんとかいないかな?」
 ありそうで、絶対になさそうな可能性を絵麻は口に出してみたのだが。
「いたよ」
「え?!」
 リョウは言って、机の前のコルクボードにピンで止めてあった古い写真を取っ
て来ると、絵麻とリリィに見せた。
 だいぶ色あせた写真で、片方の端には大きな焦げ後があったが、写っている
人物はしっかりと確認できた。
 写っているのは子供5人と、大人の女性2人。
「これは?」
「随分前に撮った写真。アルバムが焼けちゃってね、これ1枚しか残ってない
のよ」
 真ん中に10歳前後と思しきリョウがいて、笑顔を見せている。その隣で、自
分より2つ3つ年下の女の子を抱えて笑っているのは信也だろう。
 そして、リョウをはさむ形で、もう1人信也がいた。
 いや、もう1人というのは違うかもしれない。顔かたちはそっくりそのまま
同じだったけれど、この少年は黒髪だったから。
「……え?」
 思わずリリイと目を見合わせる。リリィも驚いたような顔をしている。
「気がついた? 信也は双子なのよ」
「双子?!」
 初めて聞く話だ。
「信也は4人兄妹でね。こっちで妹を抱いてる方が信也。で、反対側にいるの
が双子の弟の正也。あたし達、幼なじみだったの」
「うん、幼なじみなのは知ってる」
「髪の色が違うでしょ? それで簡単に見分けがついちゃうんだけど、顔とか
体格はほとんど一緒なのよね」
 言って、リョウが写真の一点――正也と呼ばれた少年の髪の部分を指差した。
 その色は、黒。
 信也の髪はこげ茶色だ。
「2人ともおじいさんに教わってたから、剣の基礎は一通り使えたのよね。で
も、利き手が違って、正也は左利きだったから手合わせするのたいへんだった
みたいだけど」
「それじゃまさか、その弟さんが?」
「でも、それありえないのよ」
 リョウが悲しげに目を伏せる。
「正也は6年前の内戦で死んだから」
「あ……」
「正也だけじゃなくて、こっちの勇也も、真也も、父さんも母さんも……みん
な」
「ごめん……」
 リョウは息をついた。
「あたしはあの時、避難所で両親と一緒に怪我人を診てたの。けど、その避難
所も襲われて」
 リョウの瞳の中に、泣き出しそうな色がある。
 いつも気丈な彼女が、弱い面をさらけだしていた。
「あたしは……死ぬのが怖くて。動けない患者さんを置いて1人だけ逃げ出し
たの……」
 平和だった南部の町が、ある日突然襲われた。
 原因なんかわからない。ただ、武装兵は突然、アリが砂糖にむらがるように
町に集まってきて、家々に爆弾を放り投げた。多くの人が死に、体を吹き飛ば
された。
 リョウの家は町唯一の医者だったから、襲撃に気づいた両親はありったけの
医療器具をかき集めると娘を連れ、避難所となった場所に向かった。そこには
やっとの思いで逃げてきた、もうこれ以上動けないであろう怪我人が大勢いた。
 リョウと両親は必死に手当てして回った。PCから援軍が来てくれれば助かっ
ただろう。 しかし、通信室が吹き飛ばされたため、連絡の手段がなかった。
援軍はこなかった。
 そして、武装兵は町を破壊しただけでは飽き足らず、人が集まった避難所を
も狙ったのだ。
 動けない怪我人たちに逃げる術はなかった。
 ただ、リョウは動くことが出来た。僅か12歳の娘に、この状況で逃げるなと
いうのは難しい話だった。
 そして――リョウは悪魔の囁きに乗る。自分だけ、怪我人を見捨てて逃げ出
したのだ。
「凄く後悔した。後悔したって遅かったんだけど、物凄く後悔した。信也がい
てくれなかったら、あたしとっくに壊れちゃってたと思う」
 リョウは立ち上がると、写真を再びコルクボードに止めた。
「だから、もう自分の目の前で誰かが死んでいくのは嫌で。必死に手当てする
ようになって……」
「信也とは、ずっと一緒なの?」
「うん。一緒にいてくれてる。普段はどつきまわしてるけど、本当は依存して
るのはあたしの方なんだよ」
 リョウは寂しげに笑うと、写真を愛しげに指先で撫ぜた。
「だから、信也のそっくりさんっていうのは、絶対にありえないのよ……」
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