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 哉人にひきずられるまま店を出て、角を曲がる。そこで翔は解放された。
「ここならいいか」
「哉人、さっきの店何だったの?! あんなサギみたいな……」
「ライト・ライドはまだマシな方だぜ。ぼくもガキのころはずいぶん助けても
らった」
「ひょっとして、ここって……」
 昼間なのに薄暗い、ゴミの掃き溜めになった路地。すえた臭い。
 哉人はすっと、サングラスを下にずらした。蒼い瞳が剣呑な色で翔を見つめ
る。
「やっとわかった? スラムだよ」
「スラム?!」
「普段は絵麻の陰に隠れててわかんないけど、翔も大概お坊ちゃん育ちだから
なあ……合わせてくれた辺りは流石噂に名高い天才学者ってカンジだけど」
「偽名使ってたもんね」
 哉人は「バズ」と名乗っていた。だから、翔も合わせたのだ。
「あそこは見た目どおり、パソコンや兵器部品なんかを扱うジャンク屋なんだ。
わりと良心的だから、子供からも買い取ってくれる。1日食えるか食えないかっ
て程度の微妙な値段だけどな」
「哉人も……さっきの子供みたいだったの?」
「母親が食事を満足に与えてくれなかったから」
 蒼の瞳が、不愉快そうに歪む。
 その後で、懐かしそうに色を変えて。
「よく部品漁りをしたよ。その縁でパソコン使いになったんだけど」
「哉人は、お母さんがいたの?」
「7年前にクスリの取り分の揉め事が原因でくたばった。最後の最後までハタ
メーワクな女だったな」
「それでも……お母さんでしょ」
「うっさいな。お前にだっているだろ。お坊ちゃん」
 哉人は苛立ったように言うと、サングラスをポケットに押し込んで代わりに
煙草を取り出した。
 ライターで器用に火をつけて、吸う。
「……」
「……」
 かなり続いた沈黙を破って、哉人が言った。
「そもそも母親になんかなりたくない女だったんだよ」
「? どういう意味?」
「『バズ』は『バスタード』の略称だ。お前の頭なら意味はわかるな?」
「……私生児」
「無防備に夜の街歩いてて、酔っ払った貴族に孕まされた女だよ。相手さん、
結構いい血筋の奴だったみたいでな……おかげでこのザマだ。あの女、散々虐
待してくれて」
「虐待?!」
「食事抜きはザラだし、気分次第で殴る蹴る」
 哉人は自分の頬の一ヶ所を指した。そこに、古くなった傷跡が確かにあった。
「言葉で脅しは日常茶飯事だったし、一度臓器のバイヤーが来てた事があった
な。家にいるのが危ないと思って抜け出して、ライト・ライドとか他のとこに
行って何とか飯にありついてたよ」
 彼の視線の先には、さきほどの子供達がはしゃぐ姿があった。
「野暮な話したな」
「……ううん」
 言って、哉人はサングラスをかけ直した。
「行くぞ。迷ったらライト・ライドんとこ戻れ。貞操と引き換えに宿は確保し
てくれるだろうから」
「冗談」
 先を歩き始めた哉人の小柄な背中を、慌てて翔は追いかけた。
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