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 絵麻、唯美、シエルの3人が向かったのは、大きなスーパーマーケットであ
る。
「わあっ」
 入り口に立った時点で、絵麻は歓声をあげてしまった。
 中央西部、エヴァーピースにはスーパーマーケットはない。絵麻がいつも使
う雑貨屋より数倍広く、近代的な建物だった。そして何より、店頭に積まれた
品物だけでざっといつもの数十倍はある。
「凄い凄いっ! 何これ?!」
「物ってあるところにはあるんだなー……」
「ホント」
 シエルも、唯美もびっくりしている。
 店内に入る。うず高く積まれた品物は、現代のスーパーマーケットに戻った
ようだった。
「きゃーっ、缶詰がこんなにいっぱい!」
「えっと、イワシ缶とサバ缶を買うんだっけ?」
「うわー、他にもいっぱい種類あるよー。これは、えっと……コンビーフだ!
 懐かしいな。買ってもいい?」
「いいけど、自腹だからね?」
 すっかりミーハーと化した絵麻の横で、唯美が冷静にメモを見ながら品物を
カゴに入れている。シエルは持てないのを自覚しているのか、カートを押して
いた。
 それにしても、何てたくさんの品物なんだろう。
 中央西部の店はこんなに品揃えがよくない。また、こんなに品物の数も豊富
ではない。いつだってどこかにカラの棚があって、絵麻の心にチクッと穴を開
けていた。
 現代に戻ったみたいだ。その事が素直に嬉しい。気がつけば、絵麻はたっぷ
り2カゴほど、自分の好みで品物をより集めていた。
「わぁ、焼きたてパンのタイムサービスだって。欲しいなー。みんなで食べた
いなー」
 なおも喜々として袋を取って入れ始める絵麻に、流石に2人も顔を見合わせ
て。
「……絵麻?」
「あ……」
「会計、お前は別な」
「…………はい」
 確かこの前の報奨金がそのまま残っていたはずだ。普段、絵麻は日用品を買
う分だけのお金を分けて残りは第8寮の運営費に入れているのだが、今回は別。
 どっちにしろみんなの口に入るのだから問題ないだろう。
 3人で店内を一通り見てまわり、レジでお金を支払う。食料品の買いだめと
いうこともあって品物はたっぷりカートに3台分。金額もシエルが出し渋りそ
うなほどになったし、店員も他の客も目を丸くしていた。
「……これ、駅まで運ぶの?」
「1人4袋も持てば大丈夫でしょ」
「持てるのも幸せのうちってな。あ、オレ半分しかムリだぞ」
「絵麻、自分で買ったのは自分で持ちなさいよ」
「……え」
 こうして、分担は唯美が4袋、シエルが2袋、絵麻が6袋になった。
 前が見えなくなりそうなほどの荷物を両腕に抱えて、よたよたしながら元来
た道を辿る。
腕は重かったけど、いちばん上に乗った焼きたてパンの袋のいい匂いが気分を
楽しくさせてくれた。
「ね、中央首都って楽しいね」
「絵麻ははしゃぎすぎてんのよ」
「でも、街は綺麗だし、物もたっくさんあるし、人だって楽しそ……」
 その時だった。
 がんっと、膝に鈍い衝撃。
「えっ……?!」
 荷物で足元が見えなかったことが災いして、絵麻は膝から道路に崩れ落ちて
しまった。
 抱えていた荷物が舗装された通りに転がる。
「絵麻!」
 シエルと唯美が振り向くが、彼らも手に荷物を抱えているため、拾う事が出
来ない。
 そんな中、いちばんにパンの袋を拾い上げたのは、薄汚いボロを着た男の子
だった。
 そう。この子供が絵麻にぶつかったのだ。
「?」
 拾ってくれたのだと思った。けれど、違った。
 子供は、そのまま路地裏へと走り出したのだ。
「あ、コラッ!!」
「へっ、それだけ物が買えるんなら新しいのを買えばいいだろっ!!」
 子供は悪意に満ちた声で言うと、べえっと舌を出した。
「待てっ!」
 唯美が追いかけたのだが、それより早く子供は路地を曲がって消えて行って
しまった。
「……」
「こういう街なんだよ」
 呆然と子供のいた場所を見ていた絵麻に、シエルが一度荷物を足元に置いて
手を差し出す。
「どういう事……?」
「貴族や金持ちが楽しそうに暮らしてる中心部を、広いスラムが覆ってるんだ」
「スラム? だって、この街はこんなに綺麗で」
 こんなに綺麗なのに。
 こんなに、近代的なのに。
 シエルは、がつんと舗装された地面を蹴りつけた。
「綺麗に整備されてんのはこーゆーメインストーリーと貴族の屋敷だけ。スラ
ムは地面剥き出しだし、ゴミだらけでくさいし汚いし。これが現実だよ、久し
ぶりに絵麻のお嬢ちゃんっぷりが出てきたな」
「……」
「ほら、とっとと拾わないとまた盗られるわよ?」
 その時、唯美が戻ってきて。絵麻は慌てて散らばった荷物を拾い始めた。
「わたし、まだまだお嬢さんかな」
「だいぶな。哉人がいりゃーもっと言うぞ」
「そういえば、哉人ってここのスラムの出身だったっけ」
 紙袋を持ち直すのを手伝っていた唯美が、ふと呟いた。
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