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 絵麻はついこの間、武装集団に拉致されるという事件に巻き込まれた。
 幸い無事に戻ってくることができて。とはいっても、突き飛ばされたことで
頭を打ってしまい、ここ2、3日部屋で静養していた。
 目を覚ました時は動くだけでずきずきいった頭も、今ではすっかり良くなっ
て。
 絵麻はベッドから起き上がると、カーテンを開けて朝日を部屋に取り込んだ。
 朝日を浴びると、体がしゃんとなるのだと祖母、舞由が教えてくれたのを思
い出す。
 何となく気分がよくなって、絵麻は服装を調えると部屋から出た。
 出勤時間にはまだ早いから、他のメンバーは眠っているはずだ。音をたてな
いように静かに歩いて、階段を降りる。
 ちょっと部屋から出ない間に、リビングがかなり散らかっていた。からっぽ
のクッキー缶がフタを開けたままテーブルの上に。日があたる位置に置いてあっ
た植木鉢が敷物ごとずれている。マガジンラックに古新聞があふれてる。パソ
コンの画面は埃でいっぱいだ。
(こんなにしてて目が悪くなんないかな……)
 絵麻は大きく息をつくと、台所にかけておいた自分のエプロンを取ってきて
掃除を開始する。
 16歳女子にしてはありえないほどの手際のよさで、絵麻は30分かからずに部
屋をぴかぴかにしてしまった。
 時計は5時半を回ったところだ。今から朝食の準備をすれば、皆が起きてく
るのに間に合うだろう。
 台所の、カウンターになったキッチンに入る。冷蔵庫の材料を確認したら、
パンや缶詰、レトルトの類いがごっそりなくなっていた。簡単に出来る料理で
飢えをしのいでいたらしい。
 米がだいぶ残っていた。鍋でご飯を炊こう。キャベツの浅漬けを作って、和
風の朝ご飯にしよう。久しぶりに食べたいと思っていたし。
 絵麻は米をといで、一緒にキャベツの葉を洗った。一緒に食べるおかずの下
ごしらえをしかけて、お米を鍋に移す。
 ことことと鍋のふたが音を立て出したところで、台所に人が入って来た。
「おはよ」
 チョコレートブラウンの髪と、明るい紫色の瞳。リョウ=ブライスだ。今朝
はくしゃくしゃっとした髪とパジャマ代わりのTシャツ姿で、こうしていると
彼女が医者だとは信じられないだろう。
「平気? 動いて目眩とかしない?」
「うん」
「なら大丈夫。治ってるわ。でも無理しちゃダメよ?」
「はーい。リョウ、今朝は早いんだね。早番なの?」
 医者である彼女の出勤時間は不特定だ。夜勤が回ってくることもある。
「ううん。いつもと一緒なんだけど、出かける前にシャワー浴びようと思って」
「そっか」
 リョウが台所を出て行くと、入れ違いに翔が入って来た。彼はきっちりと調
えた服装で、鞄を抱えている。
「いー匂い。今朝のごはんは何?」
「お米にしたの。それとキャベツの浅漬けと、はんぺんのバター焼きと、卵焼
き」
「美味しそう。お米のごはんは久々」
「パン食べてたの? 買い置きのぶんがなくなってたけど」
「うん」
「もうすぐ出来るから、少し待っててね」
 言って、絵麻はフライパンの中でじゅうじゅうと音を立てるはんぺんに目を
落とした。
 翔はカウンター席に座って、楽しげに頬杖をついて。
「やっぱり、絵麻のごはんだね」
「え?」
「食事してるって気になるよ。缶詰だと、素っ気ないもの。絵麻のごはんが僕
はいちばん好き」
「……そう?」
 絵麻は慌てて翔に背を向けた。また頬が火照るのを感じたから。
「そうだよ。楽しみー。早く食べたいー」
「ガキか、お前」
 かなり高い位置から声が降って来て、同時に翔の頭にかつんと拳の一撃が来
た。
「てっ」
「あ、おはよ。信也」
 秋本信也はこげ茶色の髪と瞳をした青年である。リョウと幼なじみで、翔と
同年齢だ。非合法部隊『NONET』のリーダー格である。
「元気になったんだな。よかったよ」
 エプロン姿で台所に立つ絵麻を見て、信也は微かに笑ってみせた。
「うん。ごめんね。お仕事さぼっちゃって」
「いいさ。ただ、メシ食えなかったのが痛かったな」
「今日買い物に行ってくるよ。信也、何か食べたいものある?」
「えーっと……アレ。ほら、丸いのと丸いのが入ってるアレ」
 絵麻は5秒ほど黙考した。
「…………イカと大根の煮物?」
「そう、それ。それ食べたい」
「じゃ、材料買ってくるね」
「あ、信也ずるい。僕だって食べたい物いっぱいあるのに。ラザニアとかっ」
「それだったらアタシ、しょうが焼き食べたい」
「あーっっ、アテネはハンバーグがいいっ! ハンバーグ!」
 いつの間にか、隼唯美とアテネ=アルパインが台所に入って来ていた。
 口々に注文する彼らで場がいっきに盛り上がり、後から入って来た面々もそ
れに便乗して自分の食べたい物を言うから大騒ぎだ。
 全く、朝から元気な一団である。
 絵麻は笑いながら全員の注文を聞いていて、ふと目を上げると、台所の入り
口で微笑みながらその光景を見ているリリィ=アイルランドと目があった。
 金色の髪をきっちり首の後ろで束ね、首から足元まで、慎み深く衣装で覆っ
ている氷の美少女。
 絵麻はリリィに、元気よく話しかけた。
「おはよ、リリィ! 今日は何が食べたい?」
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