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「怪我は頭を打ってるだけ。ヒールしたから、すぐに目を覚ますと思う」
「よかった……」
「でも、どうやったの? 全員叩き起こして動員したからには、何かしらの
勝算はあったわけでしょ?」
「アテネが範囲をかなり特定してくれたから、唯美の瞬間移動が使えたんだよ。
でも不安だったから、2人組で散らばってもらって。いちばん危ないところは
僕が行ったけど」
「そしたらビンゴだったと。そういうこと?」
「うん。まあ……」
 低い話し声がする。
 絵麻がうっすらと瞼を開けると、随分と見慣れた天井があった。
「あ、起きた」
「絵麻、わかる?」
 額を押さえ、大声とともに目をのぞきこんできたのはリョウ。
「……リョウ?」
「わかるみたいね。気分、どう? 起きれる?」
「……ふらふらする」
 言われるままに起き上がる。頭がぐらりと揺れた。
「ヒールはしたんだけどね。寝てるといい。今、リリィに氷もらってくるから」
 リョウは肩を押さえて絵麻の体をふたたびベッドに横たえると、部屋から出
て行った。
 視線を横に向けると、椅子に座った翔が自分のことをじっと見ている。
「翔?」
「勝手に走りだすなってあれだけ言ったのに。僕らどれだけ心配したと思う?」
「ごめんなさい……」
「それ、何回も聞いた」
 彼にしては珍しい、突き放した言い方。
 それが安心の裏返しだということに気づかなかった絵麻は、布団の中でしゅ
んとしてしまう。
「今度から、ちゃんと考えて走る……」
「走るの? 首に縄つけるよ?」
「…………」
「あのね、絵麻」
 椅子をかたんとずらして、翔が絵麻の方に身を乗り出す。窓から入ってくる
明るい日差しが、彼の髪を青く透かした。
「悩んでたのに、気がつかなくてごめんね」
「え?」
「シエルに聞いた。孤児院に新しく来た子に、「オバケだ」って言われたんだっ
て?」
「うん……」
「あのね」
 翔はそこで言葉をきって、照れたように笑った。
「絵麻は、絵麻だよ。それじゃいけない?」
「翔?」
「生きていても、死んでいるのだとしても。絵麻はここにいるじゃないか。
 絵麻は僕らにとってかけがえのない、大事な人だよ。それでいいじゃない?」
 絵麻をずっと守ってくれた優しい笑顔が、すぐ届くところにある。
 頑なにとじていた心が、ゆっくりと溶けていく。
「わたしが……『平和姫』だとしても?」
「関係ないよ。戦うことにはなっちゃうだろうけど……人間、誰だって何かし
らと戦ってるわけだしね」
 翔の火傷の手が、そっと絵麻の額を撫ぜてくれる。
 その暖かさを感じて、絵麻はそっと目を閉じた。
 今は、『平和姫』も『不和姫』もどうでもいい。
 このぬくもりに包まれたまま、とろとろと眠り落ちてしまいたかった。
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