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 絵麻は目を開けた。
 祖母の家の2階の、3畳ほどの小さな部屋だ。
 瞬時に自分のおかれた状況を思い出す。
(お祖母ちゃん……!)
 絵麻は扉に体当たりした。がちんと音がして、体が弾き返される。
「お祖母ちゃん、お祖母ちゃん!! ねえ、ここ開けてよ!! 出してよ!!」
 ガチャガチャとドアノブを回し、必死になって扉を叩く。
 けれど、外からは何の反応も返ってこない。
「お姉さん、お姉さん!! お願いだから!!」
 庭で祖母の遺体を見つけてから半日。
 絵麻は通夜の席に出席することを許されず、この人目につかない小部屋に閉
じ込められていた。
 祖母――舞由の搬送された病院までは、一緒に行ったのだ。
 そこで医者から祖母の死を聞かされ、絵麻は泣きながら唯一の連絡先である
姉の携帯電話に電話をした。
 結女の仕事はそこで打ち切りとなり、彼女はすぐに病院に駆けつけて来た。
 そして、マネージャーと相談すると、いきなり絵麻をマネージャーの車に押
し込んだのだ。
「何するの?! お祖母ちゃんが……」
「わかんないの? これは私にとって大チャンスなの」
「何が?! お祖母ちゃんが死んで、何がチャンスなの?!」
「結女の悲劇のヒロインぶりを視聴者にアピールする絶好の機会なんだ」
「……何、それ」
「わからないのか? 君に泣かれると困るんだ!」
 マネージャーは絵麻を後部座席に押し込むと、車のエンジンをかけた。
「結女、いいな? 上手く泣くんだぞ?」
「わかってます。前川さん」
 そう言った時の結女は、絵麻が見間違えたのでは泣ければ――笑っていた。
 自分の祖母が。親代わりとなって育ててくれた祖母が死んだというのに。
 マネージャーが車を発進させる。人の少ない裏通りを通って、祖母の家に着
く。
 そして、マネージャーは絵麻をこの部屋に閉じ込めたのだ。
「離して、出して! お祖母ちゃん!!」
「君も深川結女の妹ならわかるんだな。君が泣くと結女の悲劇のヒロインぶり
がお茶の間に報道できないんだ。『東大合格アイドル、突然の悲劇』なんてマ
スコミの格好の話題、君みたいなのに台なしにされちゃたまらないからね」
「…………!」
 そうして、絵麻はこの部屋に閉じ込められた。
 声がかれるほど叫んだが、誰も来てくれる様子はない。
 この部屋は普段は使われていない。通夜の席も近所の公民館に設けられたた
め、親戚などもそちらに行っている。
 今家にいるのは外の報道関係者ぐらいだ。
 にわかに外が騒がしくなり、フラッシュをたく音が聞こえてきた。
「?」
 絵麻は立ち上がると、施錠された窓から外をのぞき見た。
 鈴なりになっている報道陣。その先に、喪服に身を包んだ結女がいる。
 真っ赤に泣き腫らした目をして。目元を、白いハンカチでしきりにぬぐっ
ている。
 いつもの大人びたいでたちでありながら、どこか面やつれした様子だ。
「結女さーん」
「結女さん、今回のことはどうでしたか?」
「ショックで……とてもショックで……言葉になんかできません」
 結女はしぼりだすようにそれだけ言うと、ハンカチに顔をうずめた。
 わっとたかれるフラッシュ。
「お祖母様とは、仲がよかったのですか?」
「ええ。祖母はいつも私を可愛がってくれました」
「ショックでしたでしょうね」
「はい。まさか祖母があんなことになるなんて……!!」
 涙。涙。涙。結女が泣くたび、フラッシュの音が庭に響く。
 絵麻はやるせない思いにとらわれた。
 泣きたいのはお姉さんじゃない。
 電話口で『祖母が死んだ』と告げたとき、結女は『あっそう』としか言わな
かった。病院に来たときも涙ひとつ見せなかった。
 それなのに……。
「今日は、妹さんはどうなさってるんですか?」
 記者らしい男性が投げかけた質問に、結女は沈痛な面持ちで顔をあげた。
「それが……お恥ずかしいんですけど、連絡が取れないんです」
「え?!」
 ざわめく記者陣。
「病院までは確かにつきそってたらしいんです。けど、私が祖母の遺体と対面
しているうちにいなくなって……通夜の席にも出てないんですよ」
「それでは、妹さんは今どちらに?」
「親戚の方に探してもらっています。町のゲームセンターで見かけたって方が
いらっしゃるんですけど、携帯電話の電源を切っているらしくて連絡が……!
 本当に、なんて子なんでしょう。実の祖母が亡くなったっていうのに」
 結女は表情を歪めると、ふたたびハンカチに顔をうずめた。
 マネージャーが出て来て「今夜はこのくらいで」と報道陣をかきわけて結女
を車に連れて行く。
 後に残った報道陣のざわめきが2階まで聞こえて来た。
「ったく、何て妹なんだ」
「実の祖母が死んだのにゲームセンター? 全く何考えてるのか」
「ホント、愚妹って言葉がピッタリだよな」
「『涙涙の深川結女、妹はドライ』……これで書くか」
「つくづく最低な奴だな。絵麻だっけ?」
 絵麻は思わず耳をふさいだ。
 わたしの意志じゃない。
 わたしだってお祖母ちゃんが死んで悲しいんだよ?
 側にいたいんだよ?
 だって、小学生の時に芸能プロダクションに入ってそこで面倒を見てもらっ
たお姉さんとは違って、わたしはつい昨日までずっとお祖母ちゃんに面倒を見
てもらっていたんだから。
 お願いだから、そんなこと言わないでよ。
 お姉さんばかり信じないで……。
「お祖母ちゃん、お祖母ちゃん!!」
 絵麻は泣き出していた。
 こんな時、いつも支えていてくれた祖母はいなくなってしまった。
 優しい声も、抱きしめてくれる暖かな腕も失ってしまった。
「お祖母ちゃん……」
 絵麻はポケットを探った。
 そこに、青い石のペンダントがあった。
 昨日、祖母が誕生日プレゼントにとくれたものだ。
「お祖母ちゃんの嘘つき……今日はケーキ焼いてくれるって言ったじゃない」
 絵麻はペンダントを頬にあてた。
 火照った頬に、ひんやりとした感触が伝わってくる。
 祖母が手をあててくれているような優しい錯覚を感じながら、絵麻は目を閉 
じた。
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