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 ここで少し、第8寮の説明をしておく。
 表向きは平和部隊PCの職員用寮館。第1からある寮の最後の棟で、絵麻が
寮監をやっている。メンバーは全員10代のPC職員で、この寮だけがなぜか食
堂やシャワーなどの生活必要機関を共用としているためなかば家族のように暮
らしている。
 なぜ、立派な社会人が他人とそんな生活を送っているのか。
 ここに裏事情がからんでくる。
 PCは国府に認められた合法機関だ。正規の自衛兵や団体職員を使ってガイ
ア国民を物質的に支援・救助する。
 しかし、武装集団という強敵に立ち向かう以上、その能力には自ずと限界が
生じてくる。
 武装集団の首脳陣はパワーストーンマスターだ。それならば……ということ
で、代々のPC総帥、通称『Mr.PEACE』は非合法にパワーストーンマ
スターの部隊を手の内に囲った。
 自分の意志で、自由に動かせるコマのような部隊。
 それが『NONET』であり、その正体は第8寮のメンバー達なのである。
 なぜ共同生活なのかは、チームワーク作りの一環であると同時に、1カ所に
かためておいたほうが秘密がばれにくいというPC総帥直属秘書、ユーリの判
断らしい。
 仕事の内容は一般の自衛兵では手におえない、パワーストーンで強化された
武装兵や亜生命体モンスターの駆除。そして、負のパワーストーンである血星石ブラッドストーンの回収。
 現在は9人がこの任務についている。
「それで、何があったんだ?」
 自分の部屋から呼び出された哉人が、面倒くさそうにソファの背にもたれか
かってたずねた。
「悲鳴がしたけど」
 これも自分の部屋で休んでいたところを呼び出された、ソファのいちばん端
の席にに座っていた少年が言う。
 灰色の髪と、つややかな漆黒の瞳。右頬にごくごく薄くはあるが、刃物で切
りつけられたような傷痕がある。
 着ているのは軍用の肩章がついた白いシャツと黒のズボン。モノトーンの印
象を与えてくる少年だ。
「アテネが悪いことしたの……」
 シエルの横で、アテネがうなだれている。
「悪いこと?」
「絵麻ちゃんにペンダントかけたの。そうしたら、絵麻ちゃんが悲鳴をあげて
嫌がって……」
「?」
「たかがペンダントで?」
 2人が不思議そうな顔をする。
「忘れてたあたしも悪いんだけどね。これ、たかがペンダントじゃなかったの
よ」
 リョウがテーブルの上に、さっき床に落ちた絵麻のペンダントを置く。
「絵麻はこのペンダントで首を絞められたことがあるの」
「え?」
 年少のメンバーが大きく目を見張る。
「絵麻がはじめてここに来たとき、アンタ達は別のとこにでかけてたから知ら
ないと思うけど。翔が連れてきた時にはもう、首の回りにペンダントのチェー
ンの痕が黒く鬱血して浮かび上がってた」
 リョウの言葉を、翔が引き取って続ける。
「最初のころ、絵麻はものすごく錯乱してた。ちょっとのことにすぐ反応して
脅え出すんだ。リリィに対する反応がいちばんひどかったな」
「え……リリィに? 何で?」
 コイツに脅えるんならともかく、と信也を指さしたシエルは、彼にクッショ
ンで思いっきりはたかれた。
「そうよ。よりによってリリィってヘンじゃない? リリィ、すごく優しいの
に」
「今はリリィといちばん仲いいのにか?」
 リリィの表情に憂いの影がさす。
 翔は頷いて。
「リリィがお姉さんに似てるからみたいなんだ」
「お姉さん?」
「絵麻ちゃん、お姉さんがいるの?」
「そのお姉さんが、絵麻の首を絞めた犯人なんだよ」
「……え?」
 全員が言葉を失う。
 どうして、実の姉が妹を。
「絵麻は何も話そうとしないから推論なんだけど、お姉さんって人は表裏の
激しい人だったみたいなんだ。周りには笑っていて、絵麻の前では暴君になっ
た。絵麻が耐えられなくなって反論して、それで……」
「そんな……アタシと同じじゃない」
 唯美が掠れた声で呟いた。
「だから絵麻、あんなに悲鳴をあげてたんだ……」
「どうやって逃げて来たんだ?」
「わからない。ただ、僕の上に落ちてきた」
「え?」
 アテネがきょとんと目を見張る。
 モノトーンの少年――封隼ほうじゅんも不思議そうな顔をして。
 他のメンバーはとりあえずの説明はされているので、そんなに表立って表情
を変えたりはしなかった。
「絵麻がいた世界ってどうもガイアじゃないみたいなんだよ。アテネや封隼は
知らないと思うけど、最初全く読み書きができなかったし、お金の使い方もわ
かってなかった」
「おれもよくわかんないけど」
「でも、封隼は成人年齢が13歳ってことくらいはわかるでしょ?」
「そんなの、常識だろ?」
「絵麻は16歳だけど、未成年なんだって言ってる。学校に通ってたって」
「?」
 封隼が首をひねっているのを見て、唯美が袖をひいた。
「あんまり考えると頭パンクするわよ」
「唯美……姉さん」
 同じ色の瞳を合わせる。
 蛇足ながら付け足せば、この2人も姉弟だ。
 諸々の事情で姓が違うので、あまり周りには認められていないのだが。
「学校って12歳まででしょ? 高等教育受けてたの?」
 ガイアの義務教育は6〜12歳の、日本でいう小学校だけである。
 高等教育というのはこの上にある学校のことで、専門的な分野の高等知識を
教えてくれる。ただ、莫大な費用がかかるため、進学するのは貴族の子弟か一
部奨学金を得られた生徒に限られた。
 その高等教育も2年制である。(留年し続ければ話は別だが)
「なんか、義務教育が9年あるって言ってたよ。その後もほとんどが働かない
で上の学校に進学するんだって」
「義務教育が9年?!」
「なんか羨ましいような……」
「しかも上の学校に行ってたんでしょ?」
「想像のつかない次元の話だよな」
 シエルがどさっとソファにひっくり返る。
「お前の単細胞じゃここらが限界か」
「何だよ?!」
「要するに絵麻が倒れた理由の話でしょ?」
 ケンカをはじめそうになる2人を押さえて、唯美。
「アテネ、悪かった?」
「アテネが悪いっていうか……まあ、知らなかったわけだしな」
 不安そうになったアテネのくせっ毛を、信也がぐしゃっと撫ぜる。
「♪」
「絵麻、思い出して敏感になってると思うんだ。だからみんなに気をつけて
もらえるとありがたいんだけど、いい?」
「それは全然構わないけど」
「刺激しなければいいんでしょ?」
「うん。医学的にみても忘れていくのがいちばんだと思うの。幸い、全く別の
環境がここにあるわけだしね」
 その時、リョウの袖をリリィが静かにひいた。
「? どうしたの?」
「・・・・・・・・・・・・・・?」
「うん。いいよ。一緒にこれも返してきてくれるかな?」
 リョウはリリィに、ラピスラズリのペンダントを渡した。
「・・・・」
 リリィは頷くと、ソファから立ち上がって階段の方に歩いていった。
「リリィ、何て?」
 リョウには読唇術の心得があり、リリィの声のない言葉がわかる。
「絵麻のことをみてくるって。そろそろ目を覚ましてるかもしれない」
「絵麻……か」
 そう呟くなり煙草を取り出した幼なじみに、リョウはきょとんとする。
「何であんたが絵麻を気にするの?」
 ライターならぬ能力で火をつけて、一服してから信也が一言。
「なんで、絵麻は元の世界に戻りたがらないんだ?」
「そういえば」
 絵麻は元いた場所を恋しがったり、戻りたいと言ったことは一度もない。
 むしろこの世界に積極的に溶け込もうとしているのだ。
「きっと、それだけ戻りたくない場所なんだよ」
 翔の声がぽつりとテーブルにおちた。
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