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「Mr。本当にいいんですか?」
  ユーリは嘆息しながら、自らの主をみつめた。
「翔くんの血星石回収ミスも、時間のかかったシエルくんたちの方にもおとが
めなしで、あげくに全く素性のしれない女の子を引き入れて……」
「いいんだ」
「けれど、NONETは『パワーストーンマスターであること』が第1条件な
んですよ?
  あの子は確かに石を持っています。けれど、マスターとして使えるかどうか
は」
「使えるさ」
  Mrは意味ありげに唇を歪めた。
「あの娘が、さっきの虹色の波動を使った張本人なんだからな」
「え?!」
  ユーリは思わず手にしていた資料の束を取り落としていた。
「あの子がマスターなんですか?  全然戦うタイプに見えないんですけど」
「それを言ったら、翔だってリリィだってそうだろう」
「そうなんですけど」
「ユーリ、時が満ちたんだよ」
「……?」
  ユーリが怪訝そうに眉をひそめる。
「さっきも言ってましたけど、Mr、それって」
「時が満ちた。解放への時がな」
  Mrはきっぱりと言い切った。

  夜の藍色の中を、絵麻は翔とリリィと一緒に歩いていた。
  絵麻の住んでいた町にはない静けさと、生まれ変わるように清冽な緑の匂い
が絵麻を包みこんでいる。
  見上げた空には数え切れないほどの星々と、青い月が輝いていた。
「……」
  絵麻は大きく息を吸い込んで、ゆっくりと吐き出す。
「疲れた?」
  それを聞きとがめたのか、翔が歩みを止めた。
「え?  ううん、疲れてないよ」
「絵麻、1つ聞いていい?」
  絵麻は歩きだそうとしたのだが、翔はそのままだった。
「何?」
「どこかに行く気はない?」
「?」
  質問の意味がわからず、絵麻は目を見張る。
「どういうこと?  だってさっき、翔は」
「君が邪魔だって言ってるわけじゃないんだ」
  翔は言い置いて、続けた。
「さっき経験しただろ?  僕らがどれだけ危ないことをするのか。どれだけ危
ない目にあうのか」
「……」
  絵麻はぎゅっと、切られた腹部をおさえた。
「Mrの指示なんか破っていい。僕が始末書を書けば済むことだから」
「……」
  絵麻は無言で目を上げた。
  そこに、翔の真剣な表情がある。
  さっきのMr.PEACEを思い出してみた。
  始末書で済む──翔はそういったが、とてもそうとは思えなかった。
「ねえ、わたしも1つ聞いていい?」
「いいけど?」
「この石にはどんな力があるの?」
  言って、ポケットからペンダントを取り出す。
  青い月光を反射して、青いペンダントはいっそうその深さを増したようにみ
えた。
「わたしはずっと、普通の石だと思ってた。お祖母ちゃんに大切にするように
言われたけど、お祖母ちゃんは価値があるものだなんて一言も言ってなかった」
「ラピスラズリは、すべてに通じる石」
  少しの沈黙のあと、翔は唐突に呟いた。
「絵麻にマスターの素質があることは話したよね?」
「うん」
「絵麻は、ラピスラズリのマスターである可能性が高い」
「それって……どうなるの?」
  絵麻が不安になったのがわかったのだろう。翔は安心させるように笑った。
「同調しなければ特に何も変わらないよ。
  でも、同調すれば全てに通じる。攻めることも、守ることも、癒すことも。
  文字通り『すべて』に」
「すべて……」
  あの虹色の光のことなのだろうか。
  絵麻の傷を癒し、パンドラの攻撃を阻んだ、虹色の光。
「だから血星石を内臓に吸収してもある程度まで平気だったんだ。Mrは多分、
君のその素質を見抜いたんだろう。役にたつ存在……そう思ったのかもしれな
い」
  翔はそこで言葉を切った。
「ごめん。こういう言い方は嫌だよね」
「……」
  翔はしばらくためらったようだったが、やがてこう告げた。
「さっき、Mrは僕が君の『責任者』になるようにって言った。だから僕は、
君の力を調べることになる。僕は君の力を……道具のように扱うかもしれない。
  もし、それが嫌なら、今からでも遅くない。さっきも言ったとおり、どこか
別の場所に……」
「……翔は、それで名声を得るの?」
「まさか」
  翔は首を振った。
「僕は守るために調べたいんだ。傷つかないように」
  その言葉は、とても真剣で。
  いつもと同じで、嘘をついている風にはみえなかった。
「だったら、いい」
「え?」
「わたし、ここにいる。みんなと一緒にいたい」
  それは、絵麻の本心だった。
「戦うことになる。
  また切られるかもしれない。今度は死ぬかもしれない」
  翔の声はさっきと同じように真剣だった。
「『責任者』だし。殺さないって約束もしたけど。でもね、能力は万能じゃな
いから、100%の保証なんかないんだよ。今日でわかっただろ?」
  翔の目は真剣そのものだと言える。
  本気で、4日前まで見ず知らずだった絵麻の命のことを考えてくれているの
かもしれない。
「それでも……」
  戦場で戦うことなんて、生まれてから1度も考えたことがなかった。
  痛い思いも、怖い思いもしたくない。
  それでも、自分の中に『願い』がある。
「お祖母ちゃんが死んでから、わたしを見てくれる人がいなくなったの。何を
やっても誰もなにも言ってくれなかった。みんなわたしじゃなくて、お姉さん
を見てた」
「……」
「でも、ここではお姉さんじゃないわたしがすることを喜んでくれて、ほめて
くれる。
  だから……わたしはここにいたいって思うんだ」
  自分でも、あきれるほど自己中心的な考え方だと思う。
  我が儘だと思う。
  だけど、この思いをかなえたい。
  それが戦う毎日になったとしても。
「ダメ……かな」
  絵麻は翔と、リリィとを交互に見た。
  自分を救ってくれた、暖かな視線がそこにある。
「いいよ」
  最初に頷いたのは翔だった。
「僕も絵麻にいてほしい。片付けてくれるし、いろいろ知らない話をたくさん
知ってるし、ごはん美味しいし」
「……何それ」
  翔のいまいち的外れな賛辞(?)にふっと目をそらすと、横でリリィが笑い
をかみころしている。
  絵麻の視線に気づいて、彼女は唇を動かした。
「・・・・・・・・・・・・・。・・・・・・・・・・・・・・」
「……」
  絵麻にその言葉は、やっぱりわからなかったけど。
  感じたのは最初のような不快ではなく、純粋に理解したいという気持ちだっ
た。
「早くリリィとしゃべれるようになりたいな。
  リョウにきいたら、言葉がわかるようになるのかな」
  リリィが笑顔になる。
  それはいつもの氷のような表情とは違って、暖かな、花のような笑顔だった。
「みんなのこと、もっと知りたいな」
「それじゃ、早く戻ろうか」
  翔がすっきりした表情で天を仰ぐ。
「シエル達には完全に説明してないもんね。今頃こんがらがってるかも」
「ふふ」
「ちゃんと自己紹介しないと。これから同じ場所に所属するわけだし。
  そういえば」
  翔がふいに言葉を切る。
「?」
「まだ僕、フルネームで自己紹介してなかったよね?」
「あ……」
  そういえば、絵麻は名字を知らない。
「明宝……明宝翔っていうんだ。よろしく」
「深川絵麻……です。よろしくお願いします」
  なぜか思いっきり他人行儀になって、2人は頭を下げた。
「4日経って自己紹介か」
「血までみせた仲なのに?」
「あのね……」
  けっこううけたらしく、翔は笑い出していた。
  見ると、リリィも同じように笑っている。
「リリィも、よろしくね」
  絵麻がそう言うと、彼女は笑顔のまま唇を動かした。
「・・・、・・・・・・。・・・・・」
  白く細い手が、そっとさしだされる。
  手の甲にはうっすらと切り傷が残っていた。
「……ありがと」
  絵麻はその手を、ぎゅっと握り返した。
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