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「唯美じゃねーけど、兄貴だって言うんならもうちょっと自分の妹の性格を考
えてみたらどうだ?  あんな無邪気な子の口から、どこをどうやったら殺す殺
さないの話が出てくるんだよ。虫も殺せないようなあの子の口から」
「……」
「それに」
  哉人が腕組みして続ける。
「ぼく達が『人殺し』だって、どうしてアテネが知ってるんだ?」
「それは……」
「ぼくも絵麻も、『NONET』に関しては一言だって話してない。ぼく達が
何なのかを聞かれたのは翔だけど、あいつだって『後で説明する』って言って
説明しなかった。
 だから、あの子はぼくらの正体を知らない」
「じゃあ、どういうことなんだ?  どうして約束の場所に貴族が……」
「すっごく簡単な話だよ」
  哉人がシエルに指を突きつける。
「またやられたんだ」
「また……って?」
「お前はだまされてるんだ。アテネは貴族に脅されて、ぼく達が来ることをしゃ
べってしまった。貴族は嘘八百を並べ立てて、お前から戦意を奪った。
  どうだ?  単純な頭できっちり納得できたか?」
  シエルの顔が、怒りで次第に紅潮していく。
「それじゃ……何だ?  オレは、まただまされて、アテネ疑って……。
  そうだ、アテネは?  アテネはどこにいるんだ?!」
  哉人は唯美と目を見合わせた。
  しばらくして、唯美が僅かに沈んだ声で答える。
「多分……貴族に殺されたと思う」
「え?!」
「あの貴族、去り際に『妹と同じ場所に送ってくれる』って言ったのよ。
  脅して聞き出して、それから……」
  シエルの表情がみるみる青ざめていく。
「そんな」
  オレは妹を疑って、それなのにあの子は……。
『お兄ちゃん』
  無邪気に笑う、優しい面影。
「アテネ……」
  最後に会った時には4年分成長して、同じ年頃のどの子より可愛らしくなっ
ていた。
  それを貴族は、無残にも手折ったというのか?!
  シエルは立ち上がると、鉄格子を力任せに引きちぎった。
  怒りで同調しているのだろう。緑色の波動がみてとれる。
  そのまま彼はすごい勢いで地下牢の出口へと走って行った。
「アテネ、アテネッ!!」
  ドアが弾け飛ぶ音と一緒に呻き声が聞こえる。門衛ごとなぎ倒したのだろう。
  歩いていってみると、案の定、番にあたっていた不幸な武装兵が通路のそこ
かしこにのびていた。
「哉人、どうする?」
「行くに決まってるだろ」
  哉人は蒼い瞳をシエルが走り去った方向に向けた。
「貴族に人生狂わされて、ムカついてんのはアイツだけじゃないんでな」
「ついでに武装集団もね♪」
  2人は目を交わしあうと、同時に不穏な笑みを浮かべた。
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