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  シエルは屋敷の地下の、薄暗い牢獄へと引きずり込まれていた。
「昔の貴族はな、自分の愛玩用の人間を1人は飼っていたもんだ。この屋敷は
忠実にそういった古風な部分を再現しているんだよ」
  シエルを牢の中に入れ、鍵をかけながら貴族が得意げに言う。
「しばらくこの世と別れを惜しんでいろ。今日のメインイベントとして、派手
な私刑でなぶり殺しにしてやる。妹の目の前でな」
「……」
  シエルは妹という単語に僅かに反応したが、声は出さなかった。
  命乞いを予想していたのだろう。貴族は予想外と言った顔で。
「威勢のない奴だな。本当にあの小娘の兄なのか」
  ぽつりとそれだけ言って、地下牢を出て行った。
「……」
  シエルは無言のまま、地下室の天井を仰ぎ見た。
  明かりとりのためなのか、上の部分に三角形の窓がある。そこから星明かり
が降って、暗い牢を僅かに明るくしてくれていた。
  もっとも窓は手の届かない高い位置にあり、顔を出せないくらいに小さいの
で脱出は不可能そうだ。
  もとより、脱出する気もないのだが。
 シエルはパワーストーンを奪われてはいない。暴れようと思えばいくらだっ
て暴れられるのだ。同調すれば片腕だけでも鉄格子くらい楽に曲げられる。
  それをしないのは、妹が自分に死んで欲しいと思っているからだ。
「17年と……ちょっとか」
  この世に未練がないと言えば嘘になる。けれど、自分の人生に幕をひく相手
が妹なら、それはそれで構わないと思った。
  裏稼業に身を投じた時から、ロクな死に方は出来ないと覚悟はしていたし。
  アテネが自分を裏切った。
  自分を殺してくれと、貴族に頼んだ。
  血にまみれた兄のもとには行きたくないと……。
「アテネ……」
  片方きりしかない腕で膝を抱えて、顔を埋める。
「死ぬくらいじゃ足りないかもしれないけど……それしかできないから……」
「シエル!」
  その時、天窓から声が降って来た。
「?」
  見上げるとそこには夜の闇よりなお暗い漆黒の目と、宝石の輝きを放つ蒼色
の瞳がある。
「やっとみつけた」
  次の瞬間、鉄格子の向こう側に光が瞬き、見慣れた男女の形になった。
「哉人……唯美」
「ったく、手間かけさせやがって」
「何捕まってんのよ!  逃げろって行ったでしょうが!!」
  牢獄の鉄格子ごしに、唯美が怒鳴る。
「アンタなら逃げられたでしょ?」
「……いい」
「え?」
「このまま死ぬ……」
  シエルは上げていた顔を、再び膝の間に埋めた。
「アテネはオレが死ぬこと望んでんだから……」
  哉人があきれたように言う。
「お前は妹が死ねっていったら死ぬのかよ」
「オレはアテネに裏切られたんだ」
  ぼんやりとした青の瞳を2人に向けて、シエルが言った。
「当然だよな。オレは貧民の北部人で障害者で。何の取り柄もないもんな。貴
族の方がいいに決まってるよ。裏切られて当然だ」
「それじゃ、あの通信機の向こうで、お前に会えるって喜んでた声は?」
「声ぐらい、いくらだって偽れるさ。お前だってよく詐欺る時にやるだろ?
  裏切る時なんてそんなもんなんだよ……」
「シエル」
  2人のやり取りを拳を震わせて聞いていた唯美が、ついにキレた。
「バカヤロー!!」
  怒鳴った次の瞬間、唯美は瞬間移動で鉄格子の内に入ると、シエルの頬を平
手でひっぱたいた。
  乾いた音が地下牢いっぱいに響く。
「唯……」
「バカバカバカ!!  何で妹を信じてあげないのよ!!」
  シエルの襟元をつかんで唯美ががくがくと揺する。
「信じろって言ったのアンタじゃない!  兄弟だったら信じてろってアタシに
言ってくれたのはアンタだったじゃない!  そのアンタが何で自分の妹は信じ
ないのよ!!」
  唯美の漆黒の目が、星明かりに僅かにうるんでいる。
「裏切らなきゃならない理由があったかもしれないじゃない!  何か理由があっ
たんじゃないかってきちんと考えなさいよ!  誰も自分の兄弟を殺してやりた
いなんて思ってないんだから!!  そうでしょ?!」
「唯美……そろそろ止めとかないとシエル死ぬぞ」
  唯美ががくがく揺すぶるたびに、後ろの固い石づくりの壁にシエルの頭があ
たっているのだ。
 唯美はパワーストーンと同調しているが、シエルはしていない。
「何よ、死にたいって言ったのはコイツでしょ?!」
「……矛盾してるだろ」
 鉄格子を開けて入ってきた哉人が唯美をなだめる。
「理由なんかないよ」
  さんざん打ちつけた頭をさすりながら、シエルが姿勢を正す。
「あの貴族が言ってたことは聞いただろ?  アテネが泣いて頼んだって。血だ
らけの兄のところになんか行きたくないから、殺してしまってくれって」
「じゃ、逆に聞くけど、お前はアテネからその話を聞いたのか?」
  哉人が冷静に尋ねる。
「なわけないだろ。アテネはオレに会いたくないから、貴族に伝言して……」
「家を出たいと思うほど嫌ってる貴族に、誰が殺しの伝言なんかするんだよ」
「え?」
  哉人はやれやれと息をついて。
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