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「シエル」
「絵麻、人の部屋で何やってんだよ」
「掃除をしてたんだけど……」
  話している間に、シエルは絵麻が自分の預金通帳を手にしているのをみつけ
た。
「!  それ!!」
  ぱっと、絵麻の手から奪い取る。
「何盗み見してるんだよ?!  お前、ドロボウだったのか?!」
「違う!」
  絵麻は決まり悪さに頭を下げた。
「掃除してたら、枕の下から転がり落ちてきたの。何かと思って拾ったら……」
「……オレ、枕の下にいれたままだったのか?」
「多分」
「そっかー……」
  シエルは通帳をしげしげとながめていた。
「ねえ、シエル。あなたがお金をためていた理由って……」
  義手のためだよね?  と聞きかけた言葉を、シエルが制して。
「違うんだ。この通帳の名前ぐらいは読めただろう?
  オレが金をためてたのは、妹のためだよ」
  いって、くしゃっとしたふうに笑った。
  そのままベッドに腰を下ろす。
「オレ、信じられなかったんだ。アテネが金目当てで貴族に身売りしたなんて。
オレに愛想尽かしたっていうんならわかるけど、あんなに無邪気で怖がりだっ
た奴が貴族なんかのところに行くなんて……。でも、それだけ金が欲しかった
のかなって」
「それで、アテネちゃんの名義で貯金を?」
「オレって単純じゃん?  貴族に負けないくらい金をためれば、アテネは戻っ
て来てくれるって信じて疑わなかったんだよ。だから仕事がみつかってから、
必死に働いてきりつめて貯金しはじめたんだ。障害者扱いの薄給だからなかな
かたまらなかったけど……」
  『NONET』でだいぶたまったと、シエルは預金通帳を叩いた。
「ごめんなさい……そんな事情だったなんて」
  絵麻は頭を下げた。
  昨日はなじり、今日は預金通帳の盗み見。最低である。
「1エオロー……って言いたいけど、黙ってたオレも悪いしな」
  シエルはそのままベッドの上にひっくり返った。
  片方だけの腕を、そっと瞼の上にのせる。
「信じてたんだ……貴族と同じくらいの金をためればアテネが帰って来てくれ
るって。また、『お兄ちゃん』って呼んで笑ってくれるようになるって。だけ
ど、違ってた。アテネは貴族の屋敷の娘で、いい家に住んで、可愛い服を着て。
障害者のオレじゃつりあわない、立派な娘に成長して……」
「違う」
  絵麻は首を振った。
「違うよシエル。聞いてなかったの?  アテネちゃん、貴方に『会いたかった』
って言ってたのよ?  抱きついた時、泣いてたよ?
  アテネちゃん、嫌いになんかなってないよ……」
「え……」
「シエル、見てなかったの?」
「オレはあの時、部屋が豪華だったりとか、アテネがすごく可愛くなって、い
い服をきせてもらってることとか、欲しがってたぬいぐるみが部屋にいくつも
置いてあるってことばっかりみてて……」
  そういえば、シエルはどこか虚ろな感じだった。
「それじゃ」
「オレは……アテネを傷つけてしまったのか?」
  シエルが体を起こす。その顔色は真っ青に変わっていた。
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