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  警告が聞こえた次の瞬間、絵麻の足は通路に張られた、哉人のワイヤーより
ずっと細い糸に触れてしまっていた。
  ビィンと、糸が震える音。
  続いて耳が破裂しそうに激しい、ジリジリという非常ベルの音が響き渡る。
「ごめんなさい!  わたしが気をつけなかったから」
「ンな悠長なこと言ってないで、逃げるぞ!」
  謝る絵麻を引っ張って、哉人が元来た柵にワイヤーをかけようとする。
  が。
  柵に触れるやいなや、ジュッと嫌な音がして、ワイヤーの先端が溶けて崩れ
てしまった。
  残ったワイヤーの周りにバチバチとスパークがまとわりついている。
「げっ」
「高圧電流か?」
「嘘でしょ?!」
「とにかく、別の場所から……」
  焦ったような声で誘導しようとする哉人だったが、その声にかぶさっていく
つもの怒号がした。
「侵入者だ!」
「誰かが隠し通路に侵入しようとしたぞ!!」
「捕まえろ!  捕まえるんだ!!」
  怒号とともに、何人もの足が芝生を踏んでこちら側にくる音がする。
  訓練された、乱れのない足音。
  優秀なガードマンがいることの証明に等しかった。
「誰だよ、これが簡単な仕事だって言った奴!」
  シエルが毒づく。
「どうしよう……どうしよう」
  絵麻は哉人にポプラの木の陰に押し込まれたのだが、そこだって調べれば簡
単にみつかってしまうだろう。
「この足音からすると……10人ってとこか。結構鍛えられてるな」
  自分も木の陰を上手く利用して隠れながら、哉人が推測する。
「武装集団内通者のガードマンってことは、当然」
「武装兵なワケだろ?」
  哉人の言葉の最後の部分を、シエルが受け取って。
「しょうがない。殺るか」
  パーカーのポケットから、鈍い緑の石を取り出した。
 緑玉(エメラルド)の原石なのだという。シエルはエメラルドと同調することで自在に風
を操る。
「オレが相手するから、哉人と絵麻は顔を覚えられないうちにリターンボール
で逃げろよ。
 こーゆー奴に顔覚えられるのがいちばんやっかいらしいからさ。向こうで落
ち合おうぜ」
  作戦をたてているうちにも、足音はどんどん近づいてくる。
  やがて、侵入者用のライトが静かだった庭に向けられた。
「いたぞ!」
「捕まえ……」
「疾強風(ウィンドブレード)!」
  怒声が響き終わる前に、シエルが放った空気の刃が、姿を現した武装兵の喉
笛をかき切っていた。
「ぐはっ……」
  きれいな庭に、たちまち血が斑模様を描く。
「こっち!」
  絵麻は目をそらそうとしたのだが、そうする前に哉人に手をひかれて、武装
兵が来た方向とは逆に引っ張られた。
「急げ!!  リターンボールは起動に時間を取られるんだから」
  そう言えば、翔が出かける前に言っていた。中の薬品が反応する時間が必要
なのだと。
  シエルが武装兵の相手をしている隙をついて逃げようというのだ。シエルを
おいていくわけだが、彼の能力なら無事に生還できるだろう。
「よし、ここらへんで……」
  哉人が足を止めようとした瞬間だった。
「いたぞ!」
  反対側から、さっきと全く同じ人数の武装兵が姿を現した。
「えっ?!」
  とっさに後ろを振り返るが、シエルはまだ戦っている。
  敵は2組いたのだ。そして、回りこまれてしまった。
「チッ……」
  哉人が舌打ちしてあとずさる。
  彼のワイヤーでしとめられるのは一度に5人が限界だろう。その間に残る5
人が攻撃してくる。
  そして、絵麻に攻撃手段はない。
(こうなったら……)
「絵麻、少しでいいから時間稼げないか?」
「ええっ?!」
  突然話を振られ、絵麻はぎょっとなる。
  自慢するわけではないが、絵麻はこの手の局面を自分の力で乗り切れた試し
がない。
「お得意の暴発で何とかしてくれよ」
「そんなこと言われても……」
  2人が押し問答している間に、武装兵はじりじりと間合いを詰めてくる。
「やれっ!」
  武装兵が乱雑に手を伸ばして、絵麻の黒髪をつかむ。
「きゃああっ!!」
  絵麻は悲鳴をあげ、ポケットの中のペンダントをぎゅっと握りしめた。
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