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「……」
  あまりの光量に、視界が全くきかなくなる。
  絵麻はごしごしと目をこすって、それから何度かまたたいて。ようやく目を
開けると、そこは家の中ではなく、鬱蒼とした森の中だった。
  辺りは一面夜の闇にとざされていたが、右の方角だけが火にてらされたよう
に明るく、風の吹き荒れる音が響いていた。
  その不気味さに、絵麻は思わず肩をすくめる。
「ここは?」
「北部ローファマートの町郊外。アタシ達はここに出張してたの」
  暗がりの中から、唯美の声がする。
「どうやって移動したの?  ボールは使ってなかったのに」
「唯美の能力。『空間』を飛び越えられるんだ」
「?」
「『マスター』だよ」
「そう」
  唯美は胸ポケットから、氷柱のように透き通った1本のスティックを出した。
「パワーストーン『水晶(クリスタル)』。空間を司る石」
「それじゃ、あなたが『残り3人』の1人なの?」
「残り3人?」
  唯美は不思議そうに翔を見上げた。
「ね、何の話?  人がいない間に」
「それは……」
  翔が説明しようとした時、ふいに横の木ががさがさと音を立てた。
「!?」
「唯美、戻ってるのか?」
「早くしてくれよ。オレたちだけじゃホントに限界だって」
  木の陰から出て来たのは、2人組の少年だった。
  1人は茶色がかった髪を後ろで束ね、その上からバンダナを巻いた小柄な少
年である。
 着ているのはタンクトップにハーフパンツ。バスケットシューズのような感
じのスニーカーをはいていて、スケートボードでも持てば原宿にいてもおかし
くないような印象を持つ。
  姉のファンにも、こんな子が何人もいた。
  もう1人の方は外国人。翔や信也ほどではないが背が高く、月明かりに映る
瞳も、肌の色素も絵麻よりずっと薄い。
  ふざけているのかどうなのか、長いパーカーの右袖には腕が通されていない。
  けれど、それよりも絵麻の目をひいたのは、彼の髪の色だった。
  僅かな光を反射するそれは、プラチナブロンド……!!
「……!」
  絵麻は息を飲んで、横にいた翔の袖をきつくつかんだ。
「絵麻?」
  驚いたような翔の声に答えるより早く、信也の声がとんだ。
「哉人、シエル!」
「あ、信也じゃん。4日ぶり」
「4日ぶりじゃない!!」
  シエル、と呼ばれた少年の髪を信也が無造作につかんで、ひっぱり出す。
「何で連絡しなかった?!  おおかたケンカでもしてたんだろ?」
「っててて……放せよ!  何でオレだけ」
「お前がいちばんデカいんだから、総責任者だ!」
「哉人と同い年じゃん!!」
  会うなり口論をはじめた2人の間に、リョウが割って入る。
「ちょっと、ケンカしなくてもいいでしょ?  状況はどうなってるの?  3人
とも、ケガは?」
「それは平気。けど」
  今まで黙っていた最後の少年、哉人が口をはさむ。
「Mrから連絡受けたポイントで測定器を使ったんだけど反応がなかったんだ!
ずっと歩き回って探したんだけど反応ねーし、あげくに亜生命体はぞろぞろ押
し寄せてくるし……」
  いらいらと怒っているような口調。
  絵麻はびくりとしたのだけれど、みんなはさして気にしていないようだった。
「測定器で反応しないって?」
「壊れてるとかいうオチはないだろうな?」
「まさか。メンテナンスしたばかりだもの」
  翔は首を振って否定したあとで、哉人に測定器をみせてくれるように頼んだ。
「確か……ここってタハト地方でしょ?  この地方にはパワーストーンの力を
恐れて、いくつもの祠を作って封印したっていう古い伝承が残ってるんだ。血
星石が封印されてたらちょっと反応しないかもしれない」
「そういうのは早く言えよ……」
 3人がうんざりといった様子で翔をにらむが、翔はさして気にしていないよ
うだった。
「ところで、亜生命体は?  どのくらい残ってるのよ?」
「狼みたいな獣タイプ。最初は追い払うだけで済んだんだけど、そのうち追い
払っても追い払ってもしつこく出てくるようになって……」
  そう唯美が言った刹那。

  ガルルルルルルルルッッ!!

  森の奥から、突然獣の咆哮が響いた。
「!?」
「危ないっ!」
  凄まじい勢いでリリィのわきをすりぬけ、黒い毛並みを持つ狼が絵麻に向かっ
て突進してくる。
「きゃっ……」
  狼は鋭い牙を持つ口を大きく開いて、絵麻に襲いかかろうとする。
  しかし、その牙が絵麻に届くことはなかった。
「青雷撃(ライトニング)!」
  それより先に、翔が放った雷が狼を焼き尽くしたのである。
  断末魔の咆哮とともに狼は消え……後には何も残らない。
「怖かったぁ」
「……こんな感じで襲ってくるのよ。早くなんとかしないと、町まで襲われる」
  狼が全て消えるのを確認してから、唯美が静かに言う。
「危ないな……大丈夫だった?」
  思わずへたりこんだ絵麻に、翔が手をかしてくれる。
「うん」
  絵麻は傷痕の残る手を握って、立ち上がった。
「そーいえば、その女の子は?」
「この子は……」
  翔は説明しようと口を開きかけたのだが、それは耳障りな合成音に遮られた。
「あれ、音がするよ?」
「?  何の音?」
「これだ、測定器」
  翔はさっき哉人から渡してもらって、絵麻を助けた時に落としてしまった測
定器を拾い上げた。
「それってオレらがこの4日間ずっと使ってた奴だろ?  いくら叩いても揺すっ
ても反応0だった奴」
「このへんに血星石があるのか?」
「あ、多分絵麻に反応してるんだ」
「?」
「その子に?」
「僕が回収した方の血星石が、この子の中に入っちゃって。レポート提出しな
きゃいけなかったからいてもらったんだけど、Mrは早く提出しろって言って
くるし、この子つけてレポート出さなきゃクビになるかと本気で思って……」
(え……?)
  言葉が止まる。
  絵麻は思わず翔を見上げた。
  翔は明らかに、失敗してしまったという顔をしている。
「何それ……?」
  絵麻は握ったままだった翔の手を振りほどいた。
「ねえ、それ何?!  クビになるってどういうこと?!」
「それは……」
「わたし、道具だったの?!  あなたのクビをつなぐために利用してたの?!」
  いつも絵麻を助けてくれた翔。
  優しく接してくれた翔。
  作ったごはんを『美味しい』って、純粋に喜んでくれた。
  でも、それは全部……嘘だったの?!
  わたしは、結局道具にすぎなかった……?
「絵麻、聞いて……」
  絵麻は翔の声をろくに聞いていなかった。
  わかったのは、自分の目に涙がたまっていくこと。
  口が渇いて、頭の中が真っ白に染まる。体の中心にあの濃緑の波動がうねっ
ているみたいだ。
「道具扱いなんて、そんなのやだ!!」
  絵麻はその波動に押し流されたように、大声で叫んだ。
  もうここにいたくない!
  そんな思いに応えたように、絵麻の全身から濃緑の波動がほとばしる。
「えっ?!」
  翔は一瞬、あっけにとられたような表情になったのだが、すぐに手にしてい
た電気石のシャーレをかざした。

  バチン!

  何かがはぜたような音がする。
  翔はシャーレに入れた電気石を盾にして、絵麻の放った濃緑の波動を受け止
めたのだ。
「……っ!!」
  受け止めたのはいいが、衝撃を完全に弾くことができなかったのだろう。翔
ががくりと膝をつく。
「翔!」
  あわててリョウがかけ寄る。翔はぐったりとしていた。
「え……ま……」
  呆然と立ち尽くした絵麻に、いっせいに非難の視線が集中する。
「絵麻……」
「お前、何をやったんだよ?!」
「なんて力……翔を弾き飛ばすなんて」
「だいたい、なんで亜生命体がここにいるんだ?!」
  視線が痛い。
  皆が、怖い顔で自分を見ている。
  震えるほどの恐怖につつまれながら、絵麻の頭の中は妙に真っ白で、クリア
な状態だった。
(そうだ。やっとわかった。どうしてこんなに怖いのか)
  クラスメイトと同じ、プラチナの髪。
  現実にいそうな服装。
  姉を支持し、自分を嫌う同年代の人々。
  そして、姉と同じ人。
  絵麻は全てを感じ取り、そして恐れたのだ。
  それだったら……。
「おい、待てよ!」
  声よりも早く身を翻すと、絵麻は7人がいる場所とは逆の方向へ駆け出した。
「待てって!!  そっちは危ない……!」
  忠告するような声が聞こえたが、そんなのはもうどうだってよかった。
  むしろ、自分が殺されてしまえばいいと……そんなふうにさえ思った。
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