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  街頭では集まった人々が不安げな面立ちで何かを話している。
「逃げてください」
  そんなグループの1つに割り込み、絵麻ははっきりと言った。
「え?」
「それじゃ、やっぱり……」
  人々の顔がみるみる青ざめる。
「武装兵が来ます。だから、急いで南の方に逃げて。なるべく周りの人に声を
かけてあげてください」
「あんた達は?」
「PCの関係者です。とにかく急いで逃げてください!!」
  その言葉を契機に、街頭が悲鳴で満たされた。
  散り散りになりかける人々を絵麻は必死に南へと誘導する。リリィはショッ
クで道端に座り込んでしまった人を立たせていた。
「・・・。・・・・・・・・」
  肩を揺すり、声なき声で必死に訴える。
「けど」
「・・・・・・・・!」
  無言で真剣に訴える碧色の瞳に、どんなに騒いでいた人もうたれたように冷
静になると、南へと逃げて行く。
  ショックを受けている時には、案外言葉より態度や視線のほうが効くのかも
しれない。
  2人はそうして誘導を続けていたのだが、ふいに近くで激しい爆発音がして、
数戸の建物が吹き飛んだ。
「・?!」
「きゃああ!!」
  絵麻は思わず耳を押さえて、その場にしゃがみこんだ。
  爆発跡からわき出るように、黒衣の武装兵が街に乗り込んでくる。
「武装兵!」
  いずれも武器を手にした武装兵が、混乱に乗じて突然の襲撃に呆然としてい
た人々を容赦なく殺そうとしている。
「ダメぇ!!」
  叫んだ絵麻の前にリリィが飛び出し、手を横になぎ払う。
  そこから氷の刃が飛び出して、武装兵の胸や腕を切り裂いた。
  リリィは冷気を操る能力者。空気中の水分を凍らせ、即興で氷の刃を作り出
したのである。
「リリィ」
  振り返った絵麻にリリィは「心配ないよ」と頷いたのだが、しとめきれたわ
けではなかった。
「テメェ!!」
  致命傷を逃れた武装兵が3人ほど、逆上して襲いかかってくる。
  彼らが2人の直前に迫った瞬間、ふいに青い光が武装兵に降り注いだ。
「青雷撃(ライトニング)!」
  青のいかずちが武装兵を打ちすえ、あっという間に消し炭へと変えた。
「翔」
  緑色の貴石をおさめたシャーレを持った翔が、その石の力で電撃を操り、武
装兵を倒したのだ。
「2人とも、大丈夫?!」
  周囲の視線を集めながら、翔が2人の側に駆け寄る。
「うん」
「ごめんね。ちょっとしくじって、武装兵が何組か市街地に紛れ込んでしまっ
たんだ」
  翔は僅かに眉をしかめた。
「そうなの?」
「だからリリィ、僕と一緒に紛れた武装兵倒すの手伝ってくれない?」
「・・」
  リリィは静かに頷いた。
  それを確認してから、翔は今度は絵麻に向き直る。
「絵麻は市民の人と同じ。南に逃げて。事前の情報だと南に少し行くと森があ
るらしいから、その入り口にいて。僕らが戻るまで待っていて」
  力の使えない絵麻がいては戦うのに支障が出ると判断したのだろう。
  人が逃げている中を自分も逃げ、誰も知らない場所に行く……絵麻は恐怖を
覚えたのだが、ここでワガママを言うわけにはいかない。
  自分がワガママを言うことで、カノンのような人々を作りたくはない。
「……わかった」
  言いながら、絵麻はポケットにおさめてある祖母の形見のペンダントをぎゅっ
と握りしめた。
「大丈夫だよ。終わったらすぐに迎えに行くから」
  翔の熱い手が安心させるように絵麻の肩を叩く。
「だから、早く逃げて」
「うん。2人とも気をつけてね」
「僕たちは大丈夫だから」
  リリィも『大丈夫』というふうに胸に手をあて、笑ってみせた。
  絵麻も無理やりに微笑むと、逃げている人達と同じ方向へと全力で走りだし
た。
  「南へ逃げてください!」と大声で叫びながら。
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