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「おはよう」
「はよ」
  落ちてきた前髪をかきあげながら、信也が台所に入って来た。
「さっき、階段で唯美とすれ違ったけど……凄い勢いで睨んでいったぞ」
「やっぱりそうか」
  翔が頭を抱えている。
「寝起きが悪いとかじゃなくて?」
  2人分のマグカップを持っていったついでに絵麻は聞いてみたのだが。
「唯美は寝起きはいいんだよ。諜報員だから」
  あっさり返されてしまった。
「ここんとこずっとだぜ?  会う奴会う奴、相手構わずケンカ売ってくるの」
「この前、階段で睨まれて足滑らせて転んだからな……」
「俺、ぶつかりついでに殴られた」
「わたしは一生懸命作ったごはん、ひっくり返されちゃった」
  気分を盛り上げようと、腕まくりして作ったオムカレーだったのに。
  ちなみに、そのひっくり返されたオムカレーはリリィにかかり、綺麗なハイ
ネックに染みをつけてしまった。唯美は謝らなかった。
「当たり散らしたい気持ちはわからんでもないが……」
「やっぱりショック、強いよね」
「リョウも唯美が毎晩何やるかわかんないから眠れないってぼやいてたな」
「もっと他に伝える方法があったのかな」
  翔が肩を落とす。
「仕方ないさ。地道に根回しして聞く相手じゃないし。お前があの方法がいち
ばんいいって思ったんだろ?」
「って、信也は知ってたの?」
  意外な反応に、絵麻は目を見張る。
「一応な」
「大体の察しはついてたんだけど、確証がなかったから信也とリョウ以外には
話さなかったんだ。ごめんね」
「それは別にいいけど」
  その時、凄い音と共にドアが開いて、シエルと哉人が入って来た。
「おはよ……って、どうしたの?!」
  2人とも、顔と服ががほこりまみれになっていたのである。
「ああ……そこで唯美に会って」
「アイツが睨んだら、天井から物が落ちて来たんだよ」
  シエルは完全にむくれている。
「あいつ、能力使ってやつ当たりしてやんの。信也、何とかしてくれよ?!」
「とにかく、顔洗ってこい」
  信也が棚からタオルを取ると、2人に放ってよこす。
「ついでに鏡も見てこい。ドロドロだから」
「マジで?」
  2人が出て行ってから、信也と翔が同時に息をついた。
「潮時かな」
「?  どういうこと?」
「これ以上封隼を預かるのは無理ってことだよ」
「……」
  確かにそうだろう。
  唯美がこんなにいらいらして、その余波がこんなに来ているのだから。
「封隼には悪いけど外れてもらって、唯美にも一時休養とってもらうのがベス 
トかな。今の気持ちじゃ整理がつかないだろう」
「落ち着けば受け入れられるかもしれないしな」
「そういえば、封隼は?」
「最近、時間が違うのか会ってないけど。絵麻は会ってるよね?」
「え?」
  絵麻はきょとんとする。
「わたしも会ってない。ごはんにこないから、外で食べてると思ってたんだけ
ど」
「食堂では見ないけど?」
「じゃあ、どこに行っちゃったの?」
  絵麻はぱたぱたと廊下を走り、封隼の部屋のドアを叩いた。
「封隼?  いるの?  封隼?!」
  けれど、返事は返ってこなかった。
「ねえ、どうして答えてくれないの?  封隼!」
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