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1.トラブルメイカー

「母さま、父さま、起きて」
  小さな女の子が、横たわる母親と父親とをかわるがわるにゆさぶっている。
  髪をおだんごに結い上げた、小さな女の子だった。
  漆黒の瞳が涙でいっぱいになっている。
「ねえ、起きて。起きてってば」
  女の子がいる部屋は荒れ果てていた。
  なぎたおされた家具。床に散乱した引き出しが物色の跡を如実に物語ってい
る。
  家具にも、女の子の服にもべったりと血糊がついていた。
「徳陽(トーヤン)がいなくなっちゃったの」
  女の子は母親をゆさぶりながら言った。
「黒い怖い人達から逃げて、迷子になっちゃったんだね」
  そう。武装集団がやってきたのだ。
  女の子の住む集落には『超能力』と呼ばれる、特殊な力を持った人間が多く
住んでいる。
  その力ゆえ、武装集団が気まぐれに行う『戦力狩り』の標的にされてしまっ 
たのだ。
  力を持つ者も持たない者も、多くの人が巻き込まれて死んだ。
  女の子の両親も、そして弟も……。
「迎えに行ってあげなきゃ。きっと泣いてるよ?  ねえ、母さま。起きて」
  ゆさぶる女の子の手を、ふいに母親から流れた血がぬらす。
  女の子はびくっとしたようにその手を見つめた。
「母さま?」
  認めたくない事実から逃れるかのように、必死に両親をゆさぶる。
「母さま、父さま、起きて!」
  聞いているほうが泣きたくなってしまうような、小さな女の子の泣き声が辺
りに響いた。
「起きて!!  母さま、父さまっ!!」

  それは10年前、東部で起こった悲劇。
  ガイアではありふれた悲劇。
  それは唐突に、まだ6歳になったばかりだった隼唯美(ソンウェイメイ)を襲ったのだった。
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