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6.強さ

「はい、どうぞ」
  絵麻はコーヒーの入ったカップを7人分、テーブルに置いた。
「あれ、1コ少ない」
「いいの。わたしは飲まないから」
  言いながら、今度はハム&チーズのパンを持った大皿をリビングに持ってく
る。
「あ、おいしそう」
「いただきまーす」
  7人分の手がいっせいに大皿に伸びる。
  そんな光景を、絵麻は半分虚ろになりながら見つめていた。
  あれから……カノンが死んだあの夜襲から、まだ2時間も経っていない。
  8人は後の処理を地元のPCに任せ、第8寮に戻って来たのだ。
  お腹すいた、と言ったメンバーがいたので、絵麻は血のついた服を着替えて
すぐに夜食を作ったのである。
  こういう事態は事前に予想がついたので、パンの下ごしらえは済んでいた。
「絵麻?  食べないの?」
  パンを早々に食べ終え、2コ目に手を伸ばした翔がそう聞く。
「うん……食欲ないから」
「美味しいのに。食べないとお腹すかない?」
「大丈夫だよ」
「別にいいけどさ。そのぶん食べられる量増えるし」
「どうして……みんなは平気なの?」
  平然と夜食をほおばっている7人に、絵麻は夜食を作っている間からずっと
思っていた言葉をぶつけた。
「え?」
「平気って?」
「だって……カノンが死んじゃったのよ?!  なんでみんな平気なのよ?!」
  7人とも、カノンとは知り合いである。
  なら、どうして彼女の死を悼まないの?!  どうして普通にしていられるの?!
「なんでと言われても……ねえ」
「よくあることだよ」
  コーヒーを飲みながら、平然と哉人が答える。
「いちいち悲しんでたら持たないって」
「そうそう」
「なんで……」
  なんでそんなに、普通にしていられるの……?
  絵麻は自分の頬を涙が伝うのを感じた。
「泣くなよ」
  それを見た信也が、鋭く言う。
「簡単に泣くな。NONETにいてもいなくても、こんな場面はいくらだって
ある。泣いたってわめいたって変わらないものは変わらないんだ。なんなら出
て行ってみるか?」
  出て行ったって、絵麻に行き場所はない。
「……!」
  絵麻は涙を強引にぬぐうと、自分に与えられた部屋に駆け上がって行った。
  バタンと閉まるドアの音が、階下のリビングにまで響いてくる。
「信也……言い過ぎだよ」
  カップを置いた翔が小さく言う。
「そうよ。絵麻だって慣れてないのに」
  リョウも信也の横からかばったのだが、彼は意見を変えなかった。
「いつだってかばってやれるわけじゃないだろ。それに、死んだ奴を元に戻せ
ないことくらい、医者のお前がいちばんわかってるはずだ」
「……」
  部屋の中に沈黙がたちこめる。
「ねえ、最後に泣いたのっていつくらいだった?」
  唐突に、翔が横にいたリョウに話をふった。
「最後?  そうね、あの時だから……4、5年前かな」
「他は?」
「ずーっと前。最近は泣いてなんかいないもん」
「オレ、泣いた記憶ってないけど」
「感覚が麻痺してるのかな……」
  焼けた両手を顎の下で組んで、翔がぽつりと呟く。
「え?」
  ポケットから出した煙草に火をつけながら、信也が聞き返した。
「カノンが死んで、絵麻はすごくストレートに泣いたよ。けど、僕らは違うじゃ
ない?  泣かないし、何も感じない」
「それが?」
「泣くことの方が、正常なんじゃないのかな……って」
  リリィが静かに、飲んでいたコーヒーを置く。その音だけが部屋に反響した。
「……手間のかかる妹が増えた気分だな」
  信也は言うと、煙草をテーブルに押し付けて火を消し、立ち上がった。
「どこに行くの?」
「ユーリの所。交渉してくる」
「何の?」
「絵麻のことだよ。あの状態じゃ働けないだろ。相談してくるよ」
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