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3.彷徨える少女

「絵麻、これ読める?」
  翔が示したのは、子供向けの絵本の一節だった。

  KONO VU; SUW VO; OLQ.

「えっと……」
  絵麻はここ数日で覚えた知識を総動員させる。
「えっと、Kはカ行の音で、Oはイ段の音だから、最初は『キ』?」
「そう。次は?」
「Nは1文字だけで『ン』だっけ?」
「ハズレ。このNは後ろのOとくっついて『ミ』になるんだよ」
「え?」
「やっぱり難しいよね……」
  字が読めない──衝撃の事実の発覚後。
  絵麻はこうして、ひたすら授業を受けていた。
  あれから、翔がひとしきりテストしてわかったのだが、絵麻はGガイアの文
字を読むことも書くこともできなかった。
  話すことに不自由しないのが唯一の救いだが、絵麻がガイアの人間と異なる
点は他にも山のようにあった。
  16歳、高校生というプロフィールの時点ですでに変わっているそうだ。
  前に聞いた通り、ガイアの子供は通常13歳で独立を強いられる。
  16歳なら社会人3年目ということで、それなりに自分の仕事に慣れ、回りを
見渡せる年頃というわけだ。
  絵麻は今年高校にあがったばかりで、バイトの経験がない。
  要するに、働いたことが全くない。
  それを告げると、全員がぎょっとするか呆れ顔かのどちらかになった。
『本当に?』と目を見張ったのはリョウ。
『筋金入りのお嬢さんじゃん』とちゃかしたのは唯美。
『わからないなら覚えるしかないよ』と結論を出したのが翔で。
  彼が信也にかけあって、絵麻は読み書きを習得するまで仕事に出なくてもい
いということになっていた。
  住む場所と食べる物を提供してくれるのと交換に、家事を全部やるという約
束で。
  もともと、この第8寮の運営資金は、全員が働いた給料から出しているのだ
そうだ。
  要するに、絵麻とたいして年の違わない7人はみんな社会人。
  声のでないリリィも、右腕のないシエルも例外なく働いているのだという。
  しかし、『家事をやる』という絵麻の腕からすればしごく簡単な条件にも不
都合が生じていた。
  貨幣単位が違うのである。
  しかも、これがややこしいことに500円くらいの金額がお札で、逆に50
00円くらいの金額がコインなのだ。
「それじゃ、絵麻、これいくら?」
  翔が何枚かのコインから、1枚を選んでテーブルに置く。
  金色で円形のそれは、新500円硬貨を思わせる。
「えっと、500円で……10エオー?」
「1エオローだよ。単位が1ケタ違う」
「……5000円の奴か」
「レジでエオローなんか出したらタイヘンだよ」
  通貨単位は3つ。
  フェオ、エオー、エオローの順に価値があがっていく。
  1エオーは98フェオ。57エオーで1エオローだという。
  食パン1斤がだいたい200フェオだというから、1フェオが1円強と考え
ていいだろう。
  そんなことはおいといて。
  絵麻は通貨単位の時点でパニックしているので、てんで買い物にならないの 
だ。
  だから、買い物をする時には、必ず誰かにつきあってもらっている。
  勉強も独学では不可能なので、時間の空いている人にみてもらっている。
  思いっきり世話になっているのだ。
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