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 唯美は疲れる体を必死に起こした。
 息が切れる。何度も叩きつけられた背中が痛い。
 封隼も同じような状態で、額や頬に汗が流れていた。
「あっれー? 動き遅くなってきたよ?」
 疲れきっている2人に対して、ティシポネは余裕そのものだった。呼吸
はおろか、髪のひとすじさえ乱れていない。
「もっと遊ぼうよ?」
 くに、と可愛らしく小首をかしげる。
 パワーストーンが精神力を消耗するのに対して、唯美たちの超能力は体
力をじかに削り取る。連続して多用すれば当然、疲労で体はいうことをき
かなくなる。
 相手が抵抗せず、一瞬で沈静化できるから最強でいられた。
 しかし、ティシポネはパンドラに作られた亜生命体だ。
 ティシポネに、体力は関係ないのである。
 それは最悪だと言えた。
 こちらは疲労するのに、相手にはそれがない。
 2対1でこちらが有利なはずだったが、そのアドバンテージがまるで通
用しない。
 時間が経てば経つほど、唯美と封隼は追い込まれていった。
「いくよー」
 ティシポネは宣言すると、姿を消した。
 その次の一瞬で唯美の、左背後に現れる。
「唯美姉さん、後ろ!」
「……こっちか!」
 唯美はあらかじめ握っていた折りたたみナイフを、ティシポネに投げた。
 が、やはり反応が遅かったせいであっさりとかわされてしまう。
 そのままティシポネが、体に似合わない巨大な鍵爪を振りかざして迫っ
てくる。
「!」
 もう1本持っていたナイフで受け止めたのだが、姿勢が悪かった。
 鍵爪自体は弾くことができた。しかし、その時の衝撃を完全に消すこと
ができず、唯美は床に叩きつけられた。
 体をかばうために、とっさに利き手を床につく。が、その瞬間にティシ
ポネがさらに力をかけてきた。
「……っ!」
 嫌な感触のあとに、利き腕から痛みが這い登ってきた。ひねってしまっ
たのだ。
 動きが止まった唯美に、ティシポネが襲いかかる。
「唯美姉さん!」
 そのティシポネの動きを、封隼が念動力で束縛する。唯美は痛みをこら
えて、瞬間移動で逃げた。
 ティシポネは動きを束縛されながら、それでも封隼に視線を定めた。
「……!」
 彼もまた瞬間移動で、唯美の側に逃れてきた。そのほんの一瞬あとに、
封隼が今までいた場所の壁にひびが走り、がらがらと音を立てて崩れる。
 ティシポネは、唯美たちに視線を定めようとした。しかし、封隼は先に
その行動を読んでいたようで、ティシポネのいた上の壁が崩れてくるほう
が早かった。
「ふぎゃっ」
 ティシポネの上に破片が降り注ぐ。
 あがった砂煙のせいで、ティシポネからは唯美たちが見えない。今が好
機なのだが、唯美たちからもティシポネは見えないのだ。
「唯美姉さん、平気?」
「……利き腕やられた」
「診せて」
 差し出した腕は、青く膨れ上がっていた。
 超能力がこんなに厄介な相手だとは思わなかった。だからこそ、武装集
団は自分達の集落を襲い、能力者を連れていったのだろう。
「だいぶ痛いだろ」
「ンなこと言ってられないわ。パワーストーン発動させる暇もありゃしな
い」
「時間が、あればいい?」
 封隼は唯美の手を取ったまま、真剣な目で尋ねた。
「封隼?」
 唯美は弟に問い返す。彼はティシポネの方を見ていた。
 砂煙は収まりはじめていた。
「3秒。いや……5秒かせぐ」
「アンタ、何言って」
 得体のしれない感覚が、胸をかすめる。
「唯美姉さん」
 封隼は姉を呼ぶと、彼女につけられた傷の残る頬に、笑顔を浮かべた。
「おれ、姉さんの弟でよかった。とても幸せだったよ」
「え……?」
「リリィに、おれが謝ってたって……それだけ伝えて欲しい」
 唯美は彼の考えを理解した。
 自分が倒れる時間で、ティシポネを倒せと。そう言っているのだ。
「封隼?!」
 次の瞬間、彼は唯美の手を振り払った。
 そして、そのままティシポネの方に向かう。
「――封隼っ!!」
 唯美は振り払われた手をみつめた。穴が開きそうなくらいに凝視した。
 10年前。自分達が武装集団に襲われた時。
 両親は自分達を物入れに隠した。母は唯美に、徳陽――弟の手を離すな
と言った。
 それなのに、唯美は両親が殺された衝撃で手を離してしまった。
 弟は両親に駆け寄った。そうして、武装兵に見つかって連れて行かれた。
 再会するのに10年かかった。いろいろなものをなくし、数え切れない死
体の山を築き上げ、わかりあえずに血を流した。
 また、失うの?
 また、傷つくの?
 自分も苦しかったけれど、弟も苦しかったことを今は知っている。封隼
が、唯美の負わせた傷のせいで今でも苦しむ事があり、唯美の負担になら
ないように黙っている事も、知っている。
 傷つけるのは嫌。守れないのは、もう嫌だ!
 ティシポネが封隼に視線を定める。封隼は抵抗しなかった。
(――!!)
 その2人の間に、唯美は瞬間移動で割って入った。自分がどうなるかは
考えなかった。
 少しの違和感の後、びしりと骨が悲鳴をあげた。
 肩が、胸が引き裂かれていくのがわかった。
「あっ……」
 声を殺そうとしたが、できなかった。
「いやあああああっ!」
 視界の隅で、赤いものが噴き出す。
 悲鳴をあげた自分が、何より情けなかった。
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