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「……あれ?」
 調べ物をしていた翔は、唐突に本から顔を上げた。動かした肘が傍らの
本の山を突き崩す。
「あっ」
 横でレース編みをしていたリリィが、手を止めて本を拾うのを手伝って
くれた。
 最近覚えた編み方で、完成したら絵麻の簡素なエプロンの裾飾りにする
つもりだった。長めに編んで、同じ物で自分のハンカチの縁取りをしよう
とも思っていた。ここで手を止めて、もう二度と続きを編まないなんてリ
リィは全く考えていなかった。
「どうしたの?」
「今、絵麻に呼ばれた気がして……」
「またノロケ?」
「いや。そんなんじゃなくて」
 もっと切迫した感じだった。必死に助けを求めているようだった。
 そう口にしようとした時、翔の目は1冊の本の、開かれたページを覗い
ていた。
 その本は日記帳だった。
 白紙の日記帳。調べたのだが何も書かれていなかったので、それ以上は
調べずに他の資料と一緒に置いていたものだ。
 けれど、白紙だと思っていたページの中に、細かい字で何かが書かれた
ページがあった。上からページを接着していたようだったが、古びていた
せいで、さっき落ちた拍子に接着の一部がはがれたのだ。
「え……何、これ。『私を恨んでいるであろう子孫達へ』?」
 そこに書かれていたのは初代Mr.PEACE、天承氷牙の遺書だった。
 ざっと走り読みして、翔はその内容の持つ意味に青ざめた。

   私を恨んでいるであろう子孫達へ。
   私の身にかかる、呪いの血を継いだことを恨んでいるだろう。
   許してくれとは言わない。
   けれど、信じて欲しい。私は平和のためにこの身に呪いを受け
  たのだ。
   兄の恋人、エマイユは『平和姫』だった。
   そのため、兄は『守護者』と呼ばれるものに祭りあげられた。
   兄はそのために死んでしまった。エマイユはそのために行方不
  明になった。
   神は兄とエマイユがこうなることを知っていた。
   だから、私はその力を欲した。その時は、その力で世界を救う
  つもりだった。
   神は私に力を与えた。しかし、神ならぬ身に、神の力は同時に
  呪いをも与えた。
   私は全てを見通す力と、愛する者を必ず失う呪いを得た。
   それでもまだ、私は世界を救う気でいた。いつか現れるであろ
  うエマイユを継ぐ者に正しい道をとくつもりでいた。
   しかし、彼女は現れず、愛しい物を失う現実に私は疲れ果てた。
   私はこれから死を選ぶ。
   最後に、愛する子孫達よ。どうか誓ってくれ。
   時は必ず満ちる。エマイユの役目を継ぐ娘が必ず現れる。
   彼女を殺せ。たったそれだけで我らの呪いは解ける。
   『永遠の誓い』だ。情けをかけることなく、彼女を殺せ。
   彼女はエマイユの名の一部を持って現れる。
   その娘を殺し、我らに安息をもたらすのだ。
   愛する子孫よ。この誓いをかけるものは、ここに約束を刻んで
  くれ。
   天承氷牙

 氷牙の遺書の下には、歴代のMr.PEACEの署名と血判があった。
 そして、もっとも下に、天承緋牙の署名があった。そこには新しいイン
クで「時は満ちたり」という走り書きが付け足されていた。
 翔は立ち上がった。拍子に肩をテーブルの角にぶつけたが、痛みは全く
気にならなかった。
 全てを見通す力。
 エマイユ。平和姫。エマイユの名の一部を持つ少女。
 エマイユと、絵麻。
 情けをかけることなく、彼女を殺せ。
「絵麻……」
 声が震えた。
 Mr.PEACEは、全て知っていたのだ。
 彼女を殺すつもりで、それを今日、実行に移したのだ。
 だとしたら、さっきの切迫した呼び声は――?
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