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3.悪魔人形

「ねえ……どういうこと?」
 その場に降りた氷のような沈黙の中で、絵麻は震える唇を開いた。
 翔は床に膝をつき、うつむいたままだ。
 ユキは翔が大量殺人犯だと言い切った。
 絵麻はベナトナシュという爆弾の事をあまり知らないのだが、翔たちが
子供の頃に作られ、製造すること自体が違法となるほどの効力を持つ危険
なものであることは知っている。
 それを作ったのが、翔?
「だって、ずっと前なんでしょ? 翔はその頃何歳なの? 10歳になって
ないでしょ?
 そんな子供が、爆弾作るなんて……」
「作れちゃったのよ。ね?」
 ユキはまた綺麗な表情を取り戻していた。
「あなたは誰?」
「ユキ。幸せって書いてユキ。コイツのせいで、全っ然幸せなんかじゃな
いけど」
 ユキは翔の方をあごで示した。
 そこに綺麗な態度はみじんもない。おそらく、こちらが本性なのだろう。
「翔の何なの? 翔の何を知ってるの?」
「こいつに家族を皆殺しにされた被害者よ」
 ユキは憎々しげに顔を歪めた。
「アタシはコイツに人生を狂わされるまで、本当に幸せだったの。けど、
それは一瞬で終わった。こいつに吹き飛ばされた!」
 ユキはあけすけに自分の過去を語った。
 父親は翔の実家である研究所に勤める科学者。病弱だが優しい人だった
母親。そんな母親に代わってユキの面倒を見てくれたのは年の離れた兄。
兄はその年、父親の跡を継ぐべく同じ国府の研究所に入所した。この快挙
には家族皆が喜んだ。
 絵に描いたような幸せな家庭は、一瞬にして壊れた。
 原因は幼い翔が戯れに研究室に入り込み、間違って混ぜてはいけない試
 薬同士を混合させてしまった事。同じ研究室にいた兄は爆発に巻き込ま
れて死んだ。
 その後、その時のデータを元に国府が発表した新型爆弾「ベナトナシュ」
がおぞましい結果を引き起こし、半ば強引に責任を取らされる形で父親は
処刑された。
 心労が重なり、病弱だった母親もまた倒れ、帰らぬ人となる。
 処刑された犯罪者の娘であり、母親の入院費などの借金を背負ったユキ
に世間は冷たかった。どこに行っても爪弾きにされ、いわれのない差別を
受け続けた。
「コイツのせいよ! コイツがアタシの家族を奪った。アタシを不幸にし
た!!」
 ユキは翔を指差し、叫んだ。
「人でなし! 悪魔!」
「止めてよ!!」
 絵麻は翔とユキの間に割って入った。
 翔をかばうように、両手を広げる。
「翔に酷いこと言わないで!」
「絵麻。いいよ」
 翔はゆるゆると顔をおこすと、絵麻の肩に焼けた手を乗せた。
「本当の事だから」
「翔……?!」
「ベナトナシュは、俺が作ったんだよ」
 翔はどこか壊れてしまったような、虚ろな顔で言った。
「俺は、間違えて誤った試薬同士を混ぜ合わせた。そのせいで事故が……」
「言い訳なんて聞きたくない」
 ユキは一言で切り捨てた。
「だって、本当のことだ! 俺は……」
「まだ言う? 素直に認めて謝ればこれ以上はしないつもりだったんだけ
ど」
 ユキの瞳に怒りの炎が燃えていた。
 次の瞬間、ユキは杖を捨て、絵麻の横をすりぬけて翔につかみかかった。
「!」
 のしかかられる勢いで、そのまま翔が床に倒れる。
 ユキはそのまま翔に馬乗りになった。
「翔っ!」
「おい、止せよ!」
 絵麻と、一番反応が早かった信也がユキを引き離そうとしたのだが、そ
れよりユキの手が翔のジャケットと下に着ていたタートルネックを破り取
る方が早かった。
「……っ!!」
 翔が表情を恐怖にひきつらせて息を飲む。
「やめ……」
 そのまま、ユキは翔の、はだけられた胸元の皮膚に爪を立てた。
「やめてくれっ!!」
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