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 その日、翔は最近にしては珍しく、早い時刻に帰って来た。
「お帰り」
「……ただいま」
「ご飯、どうする? 作ってはあるんだけど」
 いつものように玄関まで出てきて迎えてくれる絵麻に、翔の凍っていた
瞳が揺れた。
「絵麻、ジャケット選ぼうとしてくれたんだって?」
「え? 何で知ってるの?」
「ユキに酷い事されたって……ごめんね、僕のせいで」
 翔の声音はいつもの、絵麻がよく知っている優しい彼のものに戻ってい
た。
「……翔?」
 その時、チャイムが鳴った。
「こんな時間に誰だろう」
 はぁいと返事してから、絵麻は玄関を開けた。
「こんばんは」
 そこに、ユキが立っていた。
「!」
「翔、いる? 知り合ってからだいぶ経ったのに、なかなか自分の部屋に
上げてくれないから遊びに来ちゃった」
「ユキ」
 杖を支えに入ってくるユキを、翔は乱暴に押し戻した。
「ひどい。何するの」
「来るなって言っただろう」
 翔の声は、絵麻の聞いた事のないものに逆戻りしていた。
「俺の前に顔を出すな」
 押し問答の声に、何があったのかと全員が集まってくる。
 それを確認したユキはにやりと唇を歪めると、玄関ホール中に響く声で
はっきりと言い切った。
「人殺しのくせに被害者に命令するんじゃないよ」
「!」
 翔が一瞬、動きを止める。
 その間にユキは一気にたたみかけた。
「父さんを殺した! たくさんの人を殺した!! 命だけじゃなくて、兄さ
んからは全てを奪った! そうしてのうのうと自分だけ生き残った!!」
「……!」
 ユキを押さえようとして伸ばした手が、だらりと下がる。
「事故では50人近い人間を死なせた。その後、何万人もの人を殺した!
それなのに、アンタは責任を取らなかった! 謝りの言葉さえなかった!!」
 罵倒するユキの右目に、はっきりと怒りの色が浮いていた。
 翔はいつの間にか顔をうつむけていた。青色がかった髪が彼の表情を隠
している。
「何の話……?」
 絵麻はやっと、それだけ言葉をしぼりだした。
 NONETとして人を殺したのなら、自分だって同じだ。翔だけがこん
なにも責められる理由はないはずだ。
 ユキは絵麻の目を見て、はっきりと言い切った。
「コイツは犯罪者よ。14年前に爆弾『ベナトナシュ』を作った張本人の、
和泉聖悟」
「え……?」
 その場にいた全員の表情が、驚きにそまる。
 ガイア史上最凶と呼ばれる爆弾、ベナトナシュ。
 敵だけを殺せると言う夢のような名目で導入され、しかし、民間の街を
巻き込み、おびただしい犠牲を出したという。
「待って。だって、あの爆弾を作った研究者は……」
「公式には全員処分、もしくは実験時の事故で死んだとなってるわね。
 でも、違う」
「……言うな」
 翔が呻くように言って、ユキにつかみかかる。
「それ以上言うなっ!!」
「コイツが殺したのよ」
 ユキは翔の目をみて、はっきりと言い切った。
「でも待って、14年前だったら」
「翔、まだ6歳くらいじゃないか?」
 全員の視線が、訝しげに翔に注がれる。
 翔はその視線から逃れるように顔を伏せ、ユキはそんな翔を射るように
指した。
「実験時に事故を起こしたのはコイツよ。その事故がきっかけでベナトナ
シュの原理が発見された。
 コイツは、大罪人よ。大勢の人の命を、単なる好奇心で奪った。
 ううん。人間じゃない。こいつは悪魔よ!!」
「言うなあっ!」
 翔は聞くことを拒むように、耳をふさいで絶叫した。
「言わないで……頼むから皆に言わないでくれっ!!」
 火傷の手で耳をふさいだまま、翔が頭を抱えるようにして床に膝をつく。
 その態度が、ユキの発言が事実であると、全員に告げていた。

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