Love&Peace1部1章8

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 胸を押さえた絵麻に、翔が今までより幾分強い態度で問いかけた。
「……?」
「パワーストーンを操れる人はいても、吸収する能力なんて聞いた事がない!
 まして最凶のパワーストーン、血星石を吸収するなんて……」
 翔はぶつぶつと呟いていたが、やがて絵麻の手を取った。
「とにかく、早く取り出さないと……」
「取り出す?」
 絵麻の脳裏に、さっきの大熊の姿が浮かぶ。
 その視線の先には、冷たい灰になった骸があった。
「わたし、殺されるの……?」
絵麻は自分の顔面から血の気がひくのを感じていた。
瞬間、結女の冷たい瞳が浮かぶ。
『さよなら』
 そう言って笑った結女の表情。首にくいこむ鎖の感触……!
「きゃあああああああああっっ!!」
思い出した瞬間に、絵麻は絶叫していた。
「え……絵麻?」
翔があっけに取られたような表情で、それでも絵麻の肩に手をおこうとする。
その手を絵麻は振り払った。
「やだっ、殺さないで!!」
嫌がるように首を大きく振って、その拍子に左サイドの髪を止めていたヘアピンが1本、外れて飛んでいった。
「殺す?」
「殺さないで!! 道具扱いしないで!!」
「何を言って……?」
「お願い……わたしを殺さないで!! お姉さん!!」
「お姉さん?!」
それから先、翔が何を言っても、絵麻は姉に「殺さないで」と哀願するばかりだった。
絵麻本人は意識していないのだが、完全に錯乱状態だったのである。
翔はそんな絵麻の様子を、しばらく黙って見ていたのだが……やがて絵麻の肩に手をかけると、もう一方の手で顎をつかんで強引に上向かせた。
手荒と言える行為に、絵麻はびくっと肩をすくませる。
「落ち着いて、絵麻」
「殺さないで……お姉さん……」
「よく見て。僕はお姉さんじゃないでしょ?」
「……?」
絵麻を真っすぐ見ているのは、黒目がちの、優しい茶色の瞳。
姉の切れ長の黒い瞳とは全く違う。どちらかと言えば祖母に似た瞳だ。
すうっと、錯乱していた心が凪いでいくのがわかる。
「お祖母ちゃん……?」
「だから、女じゃないんだって……」
「……翔?」
「落ち着いた?」
翔は笑うと、絵麻の顎と肩から手をはずした。
「わたし、どうして……?」
ふと頭に手をやると、髪の毛がめちゃくちゃになっている。ヘアピンの位置もずれて、2本さしていたうちの1本はなくなっていた。
「あれ?」
「これを探してるの?」
翔がいつの間にか拾っていたらしいもう片方を絵麻に差し出した。
「ありがと……」
絵麻は受け取ったのだが、すぐにばっと顔を上げた。
「翔は、わたしのこと殺さないの?」
「殺さないよ」
翔が即答する。
「でも、わたしの中に血星石が入ったってことは、あの熊と同じでしょ? だったらさっきみたいな雷で……」
「あのね、確かにMr.PEACEからは血星石を集めるようにって言われてるけど、まさか人を殺して取り出すわけにはいかないでしょ? 武装集団じゃないんだから」
またわからない言葉が出て来た。
「ねえ、それ何? Mr.PEACEに武装集団って。それから、さっきの雷は何だったの?」
絵麻の疑問は翔にとっては常識だったらしく、ちょっと驚いたように表情が変わる。
「絵麻は何も知らないの?」
「みたい……」
何となく責められた気がして、絵麻はうつむいた。
その頭の上で、翔が呟く声がする。
「記憶喪失? 知らないなら説明しなきゃだめだし……どっちにしろ能力発動した現場を押さえられてるわけだから……血星石の件も1回じっくり調べてみたいし……」
「翔?」
不安になった絵麻が顔を上げると、翔は考え込むような表情を元に戻した。
「とにかく、ここじゃ何もできないから、場所を変えようか」
「場所を?」
「うん」
翔は言って、ポケットからまた何かを取り出した。
「それは?」
「戻り玉(リターンボール)。僕が作ったんだ」
「?」
リターンボールと言われたそれは、形や大きさは入浴剤のボールのようなものだった。半透明で、持った感触といえばぷにぷにとやわらかい。
「なんかおもちゃのスライムみたい……」
「すらいむ?」
「ドラゴンクエストってゲーム知らない? それの、確か一番弱いモンスター」
「わかんないなー……」
翔が首をひねる。
「やっぱり……通じないか」
高校生くらいの外見の翔なら、ゲームをやったことはあるはずだろう。スライムといえばおよそゲームに縁のない絵麻が知ってるくらいにポピュラーなモンスターだし。
「とりあえず行くよ。説明しなきゃなんないし、絵麻の話も聞きたいし、血星石を何とかしなきゃ。帰れば仲間がいるし」
翔はそう言うと、手にしたボールを地面に叩きつけようとした。
「あ、待って」
その手を絵麻が止める。
「何?」
「その行った場所で……わたしのこと殺さない?」
「また言ってる……」
翔は絵麻の頭に手をおいた。
「何があったのか知らないけど、安心していいよ。僕は絵麻を殺そうなんて思わないから」
「本当?」
「約束する。絶対に殺さないし、死なせもしない」
そう言って絵麻を見る目には、真剣な光があった。
今まで会った誰とも違う、強い光。
(信じて……いいのかな)
絵麻の胸に、ふっとそんな思いがよぎる。
「いい? いくよ」
絵麻の物思いには気づかずに、翔は手にしていたリターンボールを地面にたたきつけた。
「あ……」
瞬間、弾けた表面から白い光があふれて……絵麻の視界を埋めつくした。
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