クリスマスプレゼント・アナザー
※「ガイアに聖誕祭(クリスマス)がある」という異聞設定となっております。
神様の誕生日は盛大に祝われるものだと最近知った。
もっとも、自分は人の誕生日というものはお祝いするものという常識を最近まで知らなかったのだが。
誕生日というものは家族が揃って、その日生まれた人が好きな料理の並んだ食卓を囲み、生まれたことを祝う日なのだそうだ。伯母が従妹の誕生祝いに自分を呼んでくれたのだが、かわいらしいピンクのワンピースを着て、父親の腕に抱かれて笑っていた従妹は幸せそうだった。でも、テーブルに伯母が作ったご馳走がなくても、綺麗な服がなくても、祝ってくれる家族が側にいてくれることが変わらないのであるなら、自分はきっと同じように従妹を幸福そうだと思ったことだろう。自分を大切にしてくれる人がいるということが、どれだけ支えになるか。
生まれたことをたくさんの人から祝ってもらえる神様は幸福だと思う。それならばどうして、自分たちのような子供が世界にはたくさんいるのだろう。みんな同じように幸せにしてくれればいいのに。愛されて幸福な子供がいる傍らで、その日の食べ物にも着る物にも困り、砲火の音を子守唄代わりに育つ子供は未だに存在する。
どうしてこんな酷いことが許されるのだろう。自分が幸福すぎて気がついていないのか。それとも、その幸せを独り占めしたいのか。
聖誕祭の前日、舞生の家族から食事に誘われた。
舞生の母から連絡を受けた母が「暗くなってもお父さんと迎えに行くから」と言ってくれたので、出かけることにした。自分に無邪気に懐いてくれる小さな舞生と一緒にいると安心するし、舞生の両親は心優しいいい人たちだ。もちろん、自分の両親は舞生の両親よりずっと優しくてあたたかいし、妹だってとてもかわいい。それでも、まだ自分は遠慮してしまう。完全に他人とわかっている人たちのほうが気を使わないというのは、きっと普通の人から見れば奇妙なことなのだろう。
「こんにちは……」
ドアを開けると、廊下の奥からぱたぱたと軽い足音がして、粉だらけの子供用のエプロンの裾を引きずった舞生が駆けてきた。
「おにいちゃん、いらっしゃい!」
笑う頬にもあちこち白い粉がくっついている。
転んだら可哀想だと思って、自分に伸ばされた手を取る前にエプロンの裾を調えようとしていたところに舞生の母親がやってきた。彼女も舞生と同じ柄のエプロンをつけていた。揃いであつらえたのだろうか。髪の色も瞳の形も舞生と同じだから、舞生は大人になったら、きっとこんな風に素敵な女性になるのだろう。
「いらっしゃい」
「こんにちは」
母から言付かった聖誕祭の品を渡すと、舞生の母はありがとうと受け取って「もうすぐご飯ができるから、手を洗ってきてね」と言った。こっちこっち、と舞生が自分の手を取る。その手ががさがさだったので、びっくりして引き寄せる。怪我をしているのだろうか。
その動作が気になったのか、舞生の母が二人を覗き込み、小さく笑う。
「舞生ちゃんは手にも粉がいっぱいくっついてたのね」
お兄ちゃんと一緒に洗っていらっしゃいと言われて、舞生がはーいと元気に返事をした。そして彼女は自分を急かして洗面所へと連れて行く。洗面所の片隅にはちょこんと、舞生のための踏み台が置いてあった。いつか自分の家にも妹のぶんが必要になるのかなと、そんなことを思いながら踏み台を洗面台の前に置いてやる。
冬の水は手に冷たかった。蛇口を捻ればすぐ水が出ることは、なかなか慣れなかったことのひとつだ。はしゃいで水をはね散らかす舞生に苦笑いして、タオルを借りて舞生の手と、自分の手と、飛び散った水滴を拭き取る。なめらかで少し冷たくなった舞生と手をつないで入った台所は、いい匂いでいっぱいだった。
「座っててね。もう並べるだけだから」
そう言われたが、首を振って台所に向かう。皿を食卓に運ぶのは家での自分の仕事のひとつだ。
「ママ、もうおにいちゃんにあげてもいい?」
台所では舞生が母親のスカートにしがみつくようにして何かを尋ねていた。
舞生の母は舞生を見て、台所に入ってきた人影を見て、いいよと棚から何かが乗った皿を出して舞生に渡した。
「おにいちゃん、これあげる!」
得意満面な笑顔で差し出された皿に乗っていたのは、赤い不格好な包み紙だった。
どう反応して良いかわからず、困って舞生の母を見ると、彼女は「料理はわたしが運ぶから、あっちで開けてきてね」と食卓を指した。舞生も開けて開けてと催促しているので、素直に食卓に行き、包みを置いてから舞生を隣の椅子に抱き上げてやる。
赤い包みは奇妙な形をしていて、片側は長方形なのに片側は丸い。靴下みたいな形だった。それを開けて、中から出てきたのは、人の形をしたクッキーが一枚と、袋に入った小さなケーキが一切れ、包装紙に包まれたキャンディーがひとつ。
「……?」
「あのね、プレゼントなのよ」
せっかく椅子にあげてやったのにいつの間にか自分で滑り降りていた舞生が、隣のリビングから包みと同じように赤い色の何かを持ってきた。それは不格好な包みではなく、赤いブーツだった。妹の足だったら入るんじゃないかなと思うが、舞生が履くにはいささか小さすぎる気がした。
再び反応に困り、視線を泳がせると料理が乗った皿を持った舞生の母が側に来ていた。
「わたしたち、舞生ちゃんにキャンディブーツをあげたの」
母親から「こっちにおいで」と言われた舞生がやってくると、舞生の母は娘の手からブーツを受け取って見せてくれた。それは本物の靴ではなかった。色のついた紙で作られていて、中にはさっき自分が受け取ったのと同じ内容の菓子が入っていた。店売りのものらしい印刷された用紙も一緒だ。
「おにいちゃんとはんぶんつなのよ」
舞生が得意げに言った。
「ちゃんとお兄ちゃんのぶんのプレゼントは用意してあるのよって言ったんだけど、どうしてもお兄ちゃんと半分つにするんだって聞いてくれなくって……もらってくれるかな?」
舞生の母親が、ちょっと困ったような笑顔を見せる。
確かに、もう開封したものをプレゼントにするなんて、普通の人から見れば非常識なのだろう。それが子供のすることだとしても。
けれど、生憎と自分は普通の育ちではなく、もらった食べ物を半分わけてくれるという行動は、自分にとって最大級の好意の示し方だった。それが大切な両親からもらったものであるのだとしたら、尚更。
舞生の母親の笑顔を見つめて、自分をきらきらした目で見上げている舞生を見つめる。二人の同じ色をした瞳の中にある気持ちを確認してから、大きく息をついた。
「ありがとう」
そっと、舞生の頭に手をやり、さらさらした黒髪を撫でる。
「お昼ご飯にしましょうか? 夕飯も食べて行ってもらうつもりだから、簡単なものだけど」
両親が迎えに来ると言っていたと伝えると、舞生の母は「もちろん二人にも一緒に食べて行ってもらうわ」と楽しげに表情を和ませた。「もうちゃんと準備できているから、何も心配せずに食べてね」と。
食器を取りに台所に戻った母親のあとを舞生が着いていき、両手でフォークを持ってくると「はい」と自分に差し出した。それは普通の、とても平和な昼の光景だった。
もし自分が普通の育ちをしていれば、このプレゼントはきっとこんなに嬉しくなかった。
そう思ったら、自分のこの境遇には何かの意味があるのかなとも思えたのだが、首を振って否定した。悲しい思いをする人に増えて欲しくないから。
でも神様は、自分のこの気持ちをわかってくれている。そう信じてみようかなと思えた。