ルリジオン
ルリジオン
――死んじゃったらもう寝てるだけなんだよね?
親族の誰かの葬儀だった。これは確実。先方と自分との続柄は覚えていない。言い出したのは、確か二人いる妹のどちらかだったのだが、どちらだったかは覚えていないし、サリクスとしてはどうでもいい話だ。
ただ、何気ないその言葉に、予想外にサリクスは今後の生き方を決定づけられた。
『死後にいくらでも寝られるのであれば、生きてるうちは遊ばなきゃ損』
なんでまた初等学校に上がったかその辺りの子供がこんな発想に至ったのかも覚えていない。自分の世界に初めて入ってきた「死」が衝撃的だったんだなというのが、成人した今の感想だ。回答を覚えておけば、その過程は多少覚えていなくたって大丈夫さ。テストじゃないんだし。
学校の先生や宗教家からすれば、突っ込みどころは実に多いだろう。が、サリクスの人生を生きるのはサリクスであって他の誰でもなく、その本人がこれでいいと言っているのだから、文句を言われる筋合いはない。遊びまくって仕事をサボればまた別だが。
という理由でサリクスは、休みに自宅で昼寝を楽しむよりは、予定を入れて誰かと過ごすことが圧倒的に多い。夜間職種なので、真っ当な勤め人と遊ぶには予定を合わせるのが難しいものの、中央首都での友人の中で『真っ当な勤め人』に分類されるのは少数であり、サリクスの生活時間と重なる友人が多数派なので、サリクスが相手にあぶれることは稀だった。同じライフサイクルの友人の方が圧倒的に話が合うし、何より一緒にいて楽しい。
時間が空くと顔を合わせた相手を誘い、遊びの約束をする。このため、サリクスの予定はだいたい二週間先まで埋まっている状態で、忘れないようにとスケジュール帳を持ち歩いている。友達の連絡先も全て覚えていられるわけがないからとアドレス帳の部分に書いてあって、頻繁に使うのでわりと堅めのメーカー製の手帳を好んで使っている。もっと安い物でも済ませられるかもしれないが、やはり保ちが違う。お前がこんなしっかりした手帳持ってるのは意外すぎだと評したとある友人には「お前が甘いカクテルばっかり飲む方がよっぽど意外だ」と返しておいた。一杯目からカルアミルクを頼む三十路男性を、サリクスはウッド・グリーン以外に見たことがない。偏見だとは思うが、あっちのスケジュール帳に対する言い分も偏見このうえないのでプラマイゼロだ。誰だってひとつやふたつの意外性はあるんだし。
ウッドはサリクスの友人の中では少数派の、真っ当な勤め人に分類される人物だった。しかし、彼と共通の友人であるメリールウはどう考えればいいのか、実はサリクスの中では未だに不明だったりする。彼女は昼間にお日様に恥じないところで働いているため、そういう意味なら真っ当な勤め人だ。しかしメリールウはアルバイトであり、仕事がない時が多く仕事の拘束時間も少ない。その点、サリクスと遊ぶ時間はある。なのに、彼女との約束はなかなか都合がつかない。
サリクスが一週間後の休みにメリールウを誘うと、彼女からは「そんなに先だと予定がわかんないよ」と返ってくる。彼女にとっての「予定がわかる」というのは直前――前々日か前日らしく、その時点でサリクスは既に他の友人との予定を入れてしまっている。メリールウの仕事はシフト制だから、予定がわからない気持ちはわからなくもない。が、誘われるかわからないのに予定を空けつつ遊ぶなんて器用な真似ができるわけがなく、メリールウからのお誘いは先約が理由で八割くらい断るハメになっていた。メリールウの誘いが真剣な内容なら友人側を断るが、いつも他愛もない遊びだから、割り込ませる理由も見あたらない。そんなこんなでついにメリールウから「サリクスは約束がしにくい」と言われてしまった。
メリールウのことが好きなのだから、友人をドタキャンして彼女を最優先してしまえばいいのだが、実はそうもいかない。軽薄なことをし続ければ、ただでさえ自分を遊び人だと思っているメリールウはその思い込みを強くして、自分から離れていくだろうから。だったら遊ぶのをやめてもうメリールウ一筋にしてしまえばいいのに、それもしたくない。遊ばないなんて勿体無いと思っているから。死んだら遊べないわけだし、だったら生きてる今のうちに楽しまなきゃ損。
今のままだって二割は遊びに行けるのだし、ディスコのダンスナイトは週一ペースで開催されてメリールウは必ず踊りに来るのだから、その予定を押えておけば一週間に一回は必ず顔を合わせるのである。別に不自由ではないはずだ。
(メリールウがもーちょいスケジュール管理してくれればいいんだがな)
とは思うものの、メリールウの、ちょっと考えが足りない欠点も含めてサリクスは彼女が好きなので、何とかなっているなら今のままでいいと考えてしまう。
欠点を帳消しにするくらいに、メリールウは魅力的なのだ。あの子はばかみたいに笑う、と嘲る人がいる。でも、サリクスはその笑い方が――周囲に苦労を感じさせない笑顔がたまらなく好きだ。最初は豊満な肢体に興味を持ったわけで、今でもそこに目がいかないわけがないが、それが『些細なこと』になったくらいにワンダラー・シウダーファレス・ボニトセレソ・ジョ・メリールウという人のことを好きになっている。なかなかなびいてくれないが、簡単に落ちるような相手に惚れたって、それこそ楽しくも何ともないじゃないか。
あと、最近になって現れたメリールウの同居人は真面目な堅物ちゃんなので、メリールウが影響されてくれれば案外、この件は丸く収まるんじゃないかなと思う。
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