Love&Place------1部4章1
4章 虚言のむこうと戻りたい場所
黒い闇の霧に包みこまれた絵麻が、森の奥に引きずられていく――。
「絵麻!!」
翔は追いかけようとしたのだが、後ろから強い力で腕をつかまれた。
「信也」
「早まるな。相手はトゥレラだ」
「でも、追いかけないでどうするの?! 絵麻に何かあったら!」
「トゥレラに翔が殺されたらどうするの?! 翔、あんたは自分がはめったに出てこない人材って自覚ある?」
一緒に出てきていたリョウが言い添える。リリィも戸惑ったような顔をしていた。
力包石を使った計器の調整には、作業の正確さと水準以上の技量に加えて専門の高度な知識が必要となる。これらの条件を全て満たせる人物は、力包石で成り立つガイアにおいても少ない。さらに、微弱とはいえ自身が力包石の主であり、未練となる家族を持たない戦力になり得る若い男性となるとそうそう出てくるわけがない。
「だからって絵麻を見捨てるの?!」
「出方を考えろって言ってるんだよ! お前が出る必要はない。俺かリリイか……足りなかったらシエルや唯美にも頼む」
自分の役割を考えろと、信也は言った。
「……薄情者」
翔は低く罵ったのだが、信也は表情すら動かさなかった。
「とにかくお前は出るな」
信也のいう通りで、翔が絵麻を助けに行く必要はない。そもそも、招かれざる客である絵麻を助ける必要が実は何処にもない。それでも、信也は自分が絵麻を助けると言ってくれた。翔には撃退が難しいトゥレラだが、だからといって信也なら指先ひとつで何とかできるというものでもない。中身は吸い取られなくても危険が伴う。その危険を冒すと言っている彼が薄情なわけがない。リョウが青ざめているのだって絵麻を不用意に傷つけた自分のうかつさを悔いているからだ。
みんなの気持ちはよくわかる。絵麻に傷ついて欲しいわけがない。
翔だってそう思っている。翔が考えなしだったために巻きこんでおいて、自分に都合のいい解決法を探していた。絵麻には何か事情があるようで、面倒そうだなと思ったこともある。
けれど、絵麻は懸命にがんばっていた。自分のできることで翔たちの役に立とうとしてくれた、とても良い子だった。彼女の言う「悪いこと」は、翔にはとても絵麻とは結びつけることができなかった。
自分の火傷の手を気持ち悪いと言わず、ただ気遣ってくれた。あれだけの事情を抱えていたにも関わらず。彼女の作ってくれたご飯はあたたかくて美味しかった。掃除してくれた部屋はずっときれいだった。
薄情者なのは自分のほうだ。
ふと視線を感じて翔が顔を上げると、リリィが真っ直ぐに自分を見ていた。彼女は言葉のかわりに瞳で語りかける。この時もそうだった。
翔はその目に頷き返すと、信也とリョウを呼んだ。
「何?」
「命令違反するよ」
翔はそれだけ言って森の奥へと走り出した。リリィが一緒についてきてくれる。絵麻の居場所は血星石の反応を辿ればわかるはずだった。
(絵麻、ごめんね)
心の中で彼女に問いかける。
確かにたくさん隠しごとをしたし、嘘も重ねた。
だけど、すべてが嘘だったわけじゃないよ。君の料理が美味しかったのも、悪い人だと思えなかったのも僕の本当の気持ちだよ。
間に合ってくれと願い、翔は走る速度を上げた。
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