Love&Place------1部2章4
絵麻が女性に連れられて二階に行き、リリィが何か思い出したように台所に出て行くのを見送ってから、男性は声を険しくした。
「で、どうケリをつける?」
微妙に鋭くなった視線を受けて、翔か困ったような曖昧な笑顔になる。
「悪い子じゃないと思うんだけど」
「俺としては悪い奴のほうが容赦のない判断ができるんだけどな」
含みのある声音で言われて、翔は目を閉じた。
「……そうなのは知ってるけど」
「それで、やっぱりあの子は血星石のマスターになってるのか?」
翔は体をずらして、ソファのクッションの下に隠していた機械を取り出した。画面を確認して息をつく。
「うん。しっかり反応してる」
翔は画面が見えるように機械を差し出した。それを見た男性の視線の鋭さが増した。精悍とも言える顔立ちだから、ここまで険しいと人相が悪くすら見える。
「こんなことは普通にあるのか? 俺たちも石を取り込んで『力包石の主』になってる?」
「少なくとも僕は『石を取り込む』なんて事例は知らないよ。力包石についてはまだまだ解明されていないことが多いから、ないとは言い切れないし興味もあるんだけど」
「ま、普通の女の子が血星石になるなんて知れ渡ったらそれこそ世の中がひっくり返って研究どころじゃないわな」
翔は瞳を輝かせていたのだが、皮肉まじりに言われてがくりと肩を落とした。
「……信也、ひどい」
「ひどいのはどっちだよ。何も知らない子を血星石にしちまうなんて」
その通りだったので、翔は返す言葉もなく押し黙った。
「どうだった?」
「リョウ」
女性――リョウとリリィが連れ立って戻って来たのはその時だった。リョウはごく自然に先ほどはリリィが座っていた信也の隣に腰を下ろし、逆にリリィが翔の隣に来た。信也に機械を渡されたリョウが顔を曇らせる。
「これ……間違いないのよね?」
「残念ながら、ほぼ確実に」
リョウから戻された機械を、翔はリリィに回した。画面を見たリリィが綺麗な顔を傷ましげに歪める。
力包石の特性について、絵麻に言わなかったことがある。
力包石はガイアの貴重なエネルギー源であり、回路によって電気的エネルギーを発生させる動力源である。
ここまでは伝えたが、ガイア人の中に『生身で力包石の力を引き出すことのできる人間がいる』という事実は伝えなかった。
一般に『力包石の主《マスター》』と呼ばれる、生身で力包石の力を引き出す人間はごく稀な確率で現れる。どういう条件で能力が発現するかは諸説あり、どの説にもまだ確証がない状態だが、マスターを両親に持つ子供には能力の片鱗が現れる確率が高い。また、この時に引き出される力は電気エネルギーではなく、石の種類によって様々であり、どれだけの種類があるのか、エネルギーを無尽蔵に引き出せるのか等、これについても証明された説は存在しない。
さっき翔が闇偶人を退けたのは護身具でもなんでもなく、力包石の主としての能力だ。絵麻の傷が治ったのも同じ。こちらはリョウの能力である。
力包石はガイアの貴重なエネルギー資源であり、同時に強力な力を与えてくれる。恩恵だけがあるようだが、実はそうではない。
闇偶人や闇傀儡は力包石に引き寄せられる。引き寄せられ、破壊と殺戮を繰り返す。ガイア人の生活と力包石は切っても切り離せないため、襲撃の恐怖は常につきまとう。
そのため、よほどのことがない限り、ガイア人は力包石を身につけないのだ。相手に投げつければ倒してくれるが、扱いを間違えれば自分を傷つける手榴弾のような物。
そして、闇偶人はどういう理由か血星石に執着する。
翔たちは『力包石の主』の能力を活かして、平和部隊のある目的を持った特殊チームに所属している。その目的のひとつは、力及ばず戦場となった街や村から血星石を回収することだった。翔はそのためにシェルゼンにいたのだ。
「だいたい、何で絵麻に血星石を渡したんだよ?」
信也に棘がある声で言われて睨まれて、翔はただ頭を下げた。
翔が絵麻に血星石を渡す必要なんてなかったのである。ただ見せるだけでよかった――というか、見せる必要すらなかった。
翔は絵麻を待避所に行かせるか送り届けるかだけしてやればよかった。そこには難民となった住民たちを保護し、今後を一緒に考えるための平和部隊隊員がいる。
「本当に何で渡したんだろう」
「しかも、よりによって、肩までの、黒髪の、女の子に」
信也はわざと単語を区切り、指折り数えている。
トゥレラという闇偶人が執着する物は血星石以外にもうひとつあり、それが『肩までの黒髪の少女』だった。何を根拠にしているかはわからず関係者が全員頭を悩ませているのだが、トゥレラはその特徴を持つ少女を襲って攫い、触手のような闇の髪で絡め取り、体の中身を吸い出して放り出す。後には紙切れのように縮んだ残骸が残るだけだ。今も翔たちとは別行動で、特殊チームに所属する面々がトゥレラの討伐を行っている。
要するに、翔は考えなしの行動で無関係の女の子を石にしたばかりか、トゥレラに極めて狙われやすい状況を作ってしまったのだ。平和部隊の人間がそんなことをしたと知れ渡れば責任問題である。
「本人に行くアテがないのはこの際救いか。探してる人もいないみたいだし」
「当座はここにいさせる方向でいいのよね?」
リョウがそう確認した。
ここなら血星石を抑える設備は整ってるし何より専門家もいるしと、リョウがちらりと翔を横目で見る。
「うん。分離させる方法もあるかもしれないし、調べてみたい気持ちも正直あるし」
この言葉に、翔以外の三人が顔を見合わせた。
「……最悪だな」
「ごめん。本当に僕の不注意だった」
「そうじゃなくて」
え、と顔を上げた翔を見て、信也が心底呆れたようにして目をそらした。リリィは手の甲を叩いてリョウに自分の方向を見てもらうと、唇と手で語りかける。
「うん。本当にそうね」
「リリィ、何て?」
「『事情があるみたいだから、早く何とかしてあげたいね』って」
リョウは、リリィの唇の動きから何を話しているかを読み取ることができる。完璧に読めるわけではなく、ゆっくり唇を動かして話してもらうことが前提で、手の動きと合わせることで不足を補う。翔も興味本位から勉強して多少ならわかるようになったものの、リリィがいちばん饒舌になれる相手はリョウだった。
「事情なあ……あれって扼殺痕だろ」
信也が顔をしかめて、自分の首をくるりと指でなぞってみせる。
「扼殺は手で絞め殺すこと。絵麻の首についてた痣は鎖だったから違う」
「そういう話じゃないでしょ」
どう考えても絵麻にそれをした相手がいるのよねと、リョウが痛々しくて考えていられないとばかりに首を振る。
「命の危険からやっと逃れてトゥレラの標的とかありえないだろう。……酸欠で記憶が飛んでるのか?」
「可能性としてはあるけど、そんなにまでなってたらあんな普通に歩いてなんかいられないわよ」
翔は絵麻のことを考えてみた。
いきなり自分の頭の上に落ちてきた、この世界の常識をまるでわかっていない、不思議で変な娘。
『お願い……わたしをころさないで』
そう言ってすすり泣いていた姿はひどく悲しげで、きっと、彼女ではどうすることもできないことがあったんだと翔はぼんやり思った。
会話が切れたところで、夕飯にしようかとリョウが立ち上がった。今日の当番は彼女と信也だった。
準備ができたところで絵麻を呼びに行ったが、眠ってしまったようで反応がなかったため、夕飯は四人ですませた。
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