Love&Place------1部1章7

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 テレビを見た後しばらくして、ようやく足が動くようになった絵麻は学校に戻ることはせず、そのまま自宅に帰った。
 そして、家のどこかにペンダントが落ちていないかを徹底的に探した。ないのはわかっていたのに、そうしなければいけないような気がしたのだ。ペンダントがないことを自分で確認して、そのあとで初めて、姉を怒れると思ったから。
 目の前の結女は綺麗な顔で怒っている。絵麻もそれ以上に怒っている。
「ペンダントを返して」
「……は?」
 結女にとっては予想のつかない一言だったようだ。学校にいるはずの絵麻が放送を見ていたとは思っていないだろうし、ペンダントがなくなっていることに気づいたとしても取り返しに来るはずがないと高を括っているのだろう。
「あの青い石のペンダントは、わたしがお祖母ちゃんから貰ったものだよ!」
 結女はそこでようやく、絵麻の怒りに思い当たったようだった。
「何言ってるの? あれはあたしのよ」
「……嘘をつかないで」
 彼女の嘘は今に始まったことではないが、無性に悲しかった。
「誕生日の前の日にお祖母ちゃんがわたしにくれたの。だから、舞由から絵麻へってイニシャルが入ってたでしょ? 家族のものでも、勝手に持ち出せば泥棒よ!」
 姉を罵るだなんて想像しただけで身がすくむ思いだったが、一度切れて溢れてしまった気持ちは歯止めが効かなかった。
「いい加減にしなさい!」
 パンと、耳元で乾いた音がした。続いて左頬が熱くなる。
 引っぱたかれたのだとわかると、泣き止んだはずなのにまた目が涙でいっぱいになるのを感じた。
「……どうして? そんなにまでしないといけないの?」
 ずっと、不思議に思っていたことだった。
 祖母の死を利用して、絵麻に理不尽を強いてまでしないと、テレビには出られないのだろうか。
「嘘吐きなだけじゃなくて犯罪者になってまで、そんなにテレビに出たい?」
「そうよ。そこまでしなきゃテレビにはでられないのよ!!!」
 瞬間、結女が激昂した。彼女は絵麻にのしかかるようにして床に押し倒すと、ぐいぐいと絵麻の肩を揺さぶった。
 揺れる視界の中で、結女が狂ったように哄笑しているのが見えた。
「アタシは注目されたい! もっといろんな人から見てもらいたい! だから、事務所の言うこと聞いてがんばって演技の勉強もしたし、大学にも合格したわ! だけど、それじゃ足りないの。飽きられてしまうのよ! だからアンタを引き合いに出したのよ。秀才の姉と最低の妹――話題としてはぴったりよ。まああのバアサンの変死ってのが大きかったけどね」
「……!!」
 絵麻は精一杯の力で結女を突き飛ばした。
「お姉さんはお祖母ちゃんとわたしのこと、何だと思ってるの?! 家族じゃないの?!」
 息を切らしながら、絵麻は必死に姉に訴えた。自分が突き飛ばした姉を見た時、絵麻は背筋がぞっと冷たくなるのを感じた。
 結女は長い髪を乱して、絵麻を見ていた。彼女の口元はいびつに歪んだ笑顔の形だったが、目は一切笑っていなかった。
「家族? 何それ」
「何それ……って」
「利用する価値のないものなんかいらない! 世の中はみんなそうなのよ! だからあんたも、このペンダントももういらない!」
 そう叫んで結女がポケットから取り出したのは、あの青い石のペンダントだった。絵麻は飛び上がって取り返そうとしたが、結女はペンダントを振り回した。石がこめかみの辺りにぶつかって、絵麻は頭を押さえた。衝撃で鎖の留め金が外れたようで、青い石がだらりと垂れ下がる。
「そんなに急がなくても返してあげるわよ……」
 結女は両手で鎖を持つと、姿勢を崩していた絵麻に馬乗りになった。
 ひやりとした感覚に首を覆われたかと思った次の瞬間、それは細い紐のようなものがくい込む痛みに変わった。目の前に鬼の形相と化した姉がいた。美貌と醜悪さが混ざり合ったその顔は壮絶なものだった。
(――!!)
 絵麻は首にくい込む鎖を外そうともがいた。けれど、力を上手く入れることができず、鎖に指先がかかったかと思えば外れてしまい、もう一度と試みれば腕の力が抜けて持ち上げることが難しい。鎖の締め上げは弛むどころか強くなる一方だ。
 霞んだ視界に涙が滲む。
 いつか振り向いてもらえると思っていた姉は鬼のような人物で、自分はそんな人物の評判のために何を言われても我慢して、そして、今こんな形で終わりを迎えようとしている――。
(だめだよ……こんなの嫌だよ)
 絵麻は動かない腕の代わりに、足をばたつかせた。とにかく逃れたいがための行動だったが、振り上げた足が結女の腹部に当たり、姿勢を崩した彼女は鎖から手を離した。絵麻は姉を払いのけた。すぐさま逃げ出そうとしたのだが、体を動かすことはできず咳き込むのがやっとだった。
 結女は鬼の形相で絵麻を見つめ、手の中の鎖を見つめ、やがて悲鳴のように叫んだ。
「アンタばっかり可愛がられてッ!」
「え……?」
 絵麻には姉が何を言ったのかは聞こえていなかった。問い返す間もなく、肩に、続いて頭に衝撃が走った。
 突き飛ばされて頭をぶつけたんだと気づいた時には、絵麻はもう指先すら動かせなくなっていた。目の前がどんどん暗くなる――。
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