この手を拒まないで
この手を拒まないで
リリィの手は男を喰い物にしてきた手だ。
どす黒い欲望の手助けをして、こぼれた金銭を同じように汚れた少女たちと拾い合っていた。仕方なかったんだよ、他にどうすることができたんだと言われても、リリィは自分の手は汚れていると感じる。手だけではなく、体も、顔も。
リリィは、傍目から見ると美人と呼ばれる部類らしい。氷の彫像のように綺麗、と笑っていたのは今は亡き友人だっただろうか。ろくろく知らないような人から交際を申し込まれた回数は多すぎて忘れてしまった。想ってくれたのは嬉しいし、外見から好きになるのもきっかけのひとつだということはわかっている。わかっているのだが、外側だけで判断するのは信用ならないとも思うのだ。実際、自分はどうしようもなく傷物なのだし。外見のお陰で命が助かったわけだが、それを差し引いてもリリィは自分の外見が好きではないし、綺麗だとも思わない。
リリィの中の「綺麗なもの」は、とっくの昔に壊れてしまった。どんなに金銭を積んでも、時を隔てたとしてももう戻らない。それを悲しいとも悔しいとも、異常だとすら思わなかった。夢や希望、あたたかな心や愛情は、リリィにはわからない。わかれない。
それがおかしいことだとわかりはじめたのは、封隼と親しくつきあうようになってからだった。
封隼も他の人と同じようにリリィを綺麗だというのだが、その理由が常人とは違っていた。内面が表に出ているから綺麗、というのだ。自分なんかと親しくしてくれるリリィは優しくて、その優しさが外に出てきているのだと。
「『自分なんか』なんて言わないで。封隼は自分を汚く考えすぎだよ。貴方のしたことは悪いことだけど、でも、仕方なかったんじゃない」
言葉を尽したら無言で睨まれた。沈黙の後で、彼は短く「リリィにそのまま返す」と言った。
自分が悪くないというのなら、リリィだって悪くないはずだ。自分たちの間にあるのは男女の差で、リリィが男だったら、辿った道は封隼とほぼ同じだったはずだ。封隼が女なら、今のリリィと同じだっただろう。
封隼は饒舌ではないから、これだけのことを言うのにだいぶ時間がかかった。
「なんでリリィは、いつも自分を汚れてるっていうんだよ?」
封隼にしては珍しく、声に苛立ちが含まれていた。
封隼はだいぶ変わった。最初の頃を比較対象に入れてしまえば別人と言ってよかった。決して多くはないものの口数が増えて、髪の色もましになり、何より背が伸びた。リリィとそう変わらなかったはずなのに、今では見上げないと視線が合わせられない。
相変わらず表情には乏しいのだが、そのぶんだけ、彼の言葉や態度は誠実だった。自分の内側で考えた末に表に出しているから、出てきたものには裏がない。裏の裏まで考えなくても、素直に言動の全てを信じられる。こんな人ははじめてだった。
だから――声が苛立っているのなら、封隼は本気で怒っているのだ。
こんな時どうすればいいのか、リリィにはわからなかった。以前なら、籠の中なら相手に媚びて媚びてしなだれかかってしまえばよかった。表面だけ綺麗に取り繕ってしまえば、本心などどこにあろうが関係なかったのだ。
今するべきことが、それではないのはわかる。では、どうすればいい? リリィは、封隼に嫌われたくないのだ。
ひとりぼっちで無理しすぎないように、怪我をしないようにと理由をつけるけれど、本当はリリィが側にいたいだけ。封隼の隣は居心地がいいから。
自分は汚れきっているけど、愛情なんて信じていないけれど、壊れてしまったものを無理やりに継ぎ合わせて歪になってしまったとしても、今リリィは封隼に愛されたいと願う。
「汚れてるよ……」
汚れた手だけど、それでも、求めてやまないものがある。この手につかんで離したくないものがある。
お願い。この手を拒まないで。
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